第二章 魔界王女と体育祭

魔界王女と第五話


 五月下旬、ある日のLHRロング・ホーム・ルーム

 ソワソワとクラスメイト達が浮足立っている。

 教壇に立っている担任の先生が口を開く。


「えーっと。皆も知っていると思うけど、今年も体育祭を開催します」

「「「うおぉぉぉーッ!」」」


 主に身体を動かす事が好きな、運動部のクラスメイト達が声を上げる。

 逆に身体を動かす事が苦手な、文化部のクラスメイト達は肩を落としていた。


 体育祭か。

 普通は体育祭と言ったら秋に行うのが一般的だが、俺の通う高校は六月初旬に開催される。


 この日のLHRはそのための、各々の出場種目を決める為の話し合いだ。


「皆さん静かに。……えーっと。まず、このクラスは紅組になりました。そして今年の種目は……今、黒板に書きますね」


 先生はチョークでスタッカートを鳴らしながら、黒板に文字をスラスラと書いていく。


「……ねぇ下僕。体育祭って何するの?」

「……あー。それぞれの組に分かれて、いろんな種目でポイントを争って、最終的に一番多いポイントを手に入れた組が優勝する、学校行事だな」

「へぇー。面白そうね」


 先生が黒板に今年の体育祭の種目を書き終える。

 女性らしい丸みを帯びた文字。


 百メートル走。玉入れ。綱引き。借り物競争。二人三脚。リレー。

 うん。去年と同じだな。


「なぁ優人。今年は何に出る?」

「ん? まぁ選択種目には出ないかな」

「だよな。選択種目は運動部の奴等に任せときゃいいしな」


 それにめんどくさいし。


「アタシは出るわよ? 全部に」

「全部って……。無理だろそれは」

「はい、そこ静かに」


  牙央、俺、ローザの三人は先生から注意を受ける。


「えーっと。それではこれから参加する種目を決めていきたいと思います」

「先生。一ついいかしら?」

「はい。どうぞダークネスロードさん」


 ローザは席から立ち上がり、深紅のツインテ―ルを手で振り払ってこう言った。


「アタシは全部の種目に出るわ。構わないでしょう?」

「それは……」

「先生ー。ダークネスロードさんは留学して初めての体育祭なんで、楽しんでもらう為にも良いと思いまーす」

「私も良いと思います」


 牙央と親鳥が手を上げてローザの発言をフォローする。


「……そうですね。はい。ではダークネスロードさんは全部の種目に出て貰いましょう」


 おい先生。それでいいのか。


「なら二人三脚の相手は誰にしましょうか?」

「それなら下僕。アンタが相手になりなさい」

「は? 何で?」


 白く細いローザの人差し指が俺に向く。


「何でって、アンタはアタシの下僕でしょう? ならアタシに従うのは当然でしょう?」

「だから俺はお前の下僕じゃ……」


 無いって言ってもローザの性格じゃあ、聞いてもらえないだろうな。

 仕方ないか。


「……はぁ。分かったよ。先生、俺が相手になります」

「あはは。分かりました」


 先生は申し訳なさそうな笑みを浮かべる。

 こうして俺はローザと二人三脚する事になった。


 はぁ。選択種目は参加する気は無かったんだがな。





 ***





「――きゃっ! もうッ! 何回目よッ! 下僕、アタシに合わせる気あるの?」

「合わせろって言ったって、お前が自分勝手に動き過ぎなんだよ。ちょっとは合わせる俺の事を考えろよ。これじゃあ合わせようが無いだろ」


 夕焼けに照らされた、放課後の校庭。

 俺は体育祭に向けてローザと共に、二人三脚の練習をしていた。


 ローザは赤いブルマに付いた砂を、両手で尻を叩いて落とす。


「何よ。アタシの所為って言いたいわけ? 下僕のくせに生意気ね」

「あーはいはい俺は生意気ですよ。それと生意気ついでに言うけど、その下僕って呼ぶのやめろよ」

「何でよ。下僕の事を下僕って呼んで、何が悪いわけ?」


 心底不思議そうな声音でそう言った。

 大体俺は、ローザの下僕になった覚えはない。だと言うのにコイツは。


「そうかよ。そっちがその気なら俺はお前の事、暴力女って呼ぶぞ?」

「なッ!? ふざけんじゃないわよッ!! 下僕の分際でッ!!」

「あ。今、下僕って言ったな? 暴・力・女」

「ッ!! ……バカッ!!」


 俺に背を向けて走り出そうとするが、足が紐で結ばれている為、走り出せずに転ぶローザ暴力女


「ッ!」

「おい。大丈夫かよ」


 頭から派手に転んだローザに思わず声を掛ける。


「大丈夫じゃないわよッ!! 下僕のバカッ!!」


 目尻に涙を湛えた金の瞳が、俺をキツく睨む。

 ローザは乱暴に足の紐を解くと、そのまま深紅のツインテ―ルを靡かせて走り去っていった。


 何だよ。俺が悪者みたいじゃないか。アイツが俺の事を下僕って呼んでるのがいけないのに。

 それに何だか以前、アイツの泣き顔をどこかで見た気がする。


 いや、きっと気のせいだ。だって俺の顔を踏ん付けた時が初対面のはずだから。


「……はぁー。今日はもう帰るか」


 だけど気まずいな。アイツと喧嘩したってのに、家に帰れば嫌でも顔を合わせる事になる。

 くそ。だから俺は争いが嫌いなんだ。一方が悲しみ、もう一方は後味が悪くなる争いが。





 ***





 あの後、制服に着替えて教室に戻れば、既にローザの鞄が無くなっていた。

 きっと体操服姿のままで帰ったに違いない。


 俺はローザに会ってから初めて、一人で通学路を歩く。

 それまでは一人で通学していたから寂しくは無い。


 はずなのに。

 何だ? この胸にぽっかりと穴が開いたような感覚は……。


 くそ。なんでアイツの事を考えると、こうも心が揺さぶられるんだ。

 これじゃあまるで、俺がアイツに恋をしているみたいじゃないか。


 止めだ止め。もうアイツの事を考えるのは止めだ。

 よし。今日の晩飯何にするか考えよう。


 と思考を一旦は切り替えるも、気が付けばアイツが好きそうなものは何だろうと考えていた。


 これが恋だとは思わないが、なんだかんだ言って俺はアイツの事が気に入ってるのか。


 足を動かしながら沈思黙考していたら、いつの間にか家を通り過ぎようとしていた。慌てて戻り、立派な門構えの自宅に入る。


 遣戸を開き玄関を見渡す。

 だがローザの靴は、そこには無かった。


 まぁどっかで頭を冷やしてるんだろう。

 特段気にすること無く、俺は家に上がった。





 ***





「……遅い。晩飯だってのにまだ帰ってこない」


 ちゃぶ台の上には、大皿に乗った揚げたての唐揚げが置いてある。

 時計を見れば既に七時半を過ぎていた。


 いつもなら晩飯を食べている時間だ。

 早くしないと冷めちまうぞ。


 先に食べるか? いや、それだとアイツが帰って来た時「何、先に食べてるのよッ!」と怒鳴られかねない。


 仕方ない。探しに行くか。


 俺は靴を引っ掛けて外に出ると、自宅の瓦屋根に飛び乗る。

 目を閉じ、体内の魔力を薄く広く辺りに引き延ばして魔力索敵を行う。


 脳内に辺りの地形がマッピングされる。

 ある場所で、ローザの魔力反応が赤い点で示された。


 ここは。たつのこ公園か。小さい頃はよくここで遊んだな。

 たしか公園の中央に、大きな竜の滑り台があったよな。

 て、ノスタルジーに浸ってる場合じゃない。


 俺は目を開けて屋根から飛び降りると、ママチャリに乗って公園に向かった。

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