魔界王女と第十四話


 俺は、ショベルカーのアームに立つフニルを見上げる。


「という訳だ。ここから先は、俺が相手だ」

「何言っているのよ。……アタシ達、でしょう?」

「そうだったな」


 そう言って、隣に並び立つローザ。


「ハハハハハハッ!」


 突然、フニルが笑い出す。


「何が可笑しい?」

「えぇッ! 可笑しいですともッ! 友情や下らない感情で、自分自身の命を掛けるなんてッ! 実に可笑しいじゃないですかッ!」


 本当に可笑しそうに笑うフニル。

 笑い過ぎて、目尻に涙が溜まるほどだ。


 とローザの素足が一歩踏み出す。

 浴衣の胸元を握り締め、言った。


「可笑しくなんか無いわよッ! 友情があるから、誰かの為に頑張れるんじゃないッ! 感情があるから、泣いたり笑ったり……恋をしたり出来るんじゃないッ! それのどこが可笑しいって言うのよッ!」


 その通りだ。

 ローザの考えはよく分かる。


 友情があるから、牙央や親鳥と今までも、そしてこれからも友達でいられる。

 感情があるから、ローザの事が好きになれた。


 どこも可笑しくは無い。

 だけど……。


「落ち着け、ローザ。敵の挑発に乗るな」

「何よッ! アンタは何も思わないってのッ!」


 此方を振り向くローザの顔は、泣きそうだった。

 その潤んだ金の瞳に映る、冴えない顔の俺。


 俺は聖剣を指が白くなるほど、握り締めていた。


「……そんな訳は無い。俺だってローザと同じ気持ちだ。でもな。その気持ちは今から、アイツの身体に直接教えてやればいい。だろ?」

「……うん。そうよね。良かったわ、アンタがアタシと同じ気持ちで」


 ローザは嬉しそうに微笑む。

 だがその顔をすぐさま凛々しいものに変えると、フニルをその鋭い眼光で射抜く。


「……そう言う事だから。アンタ、覚悟しなさい。アタシ達がみっちりとその身体に理解わからせてあげるわッ!」

「面白いッ! 是非とも理解わからせて貰いたいものですねぇッ!」


 啖呵を切ったローザは、掌をフニルへと向けて詠唱する。


「――噛み切り、噛み砕き、噛み殺せ。竜よ、今その顎を開かん。中級魔法――呀炎竜ドラグ・フレイムッ!」


 展開した赤い魔法陣から、竜の顎を模した火球が出現。

 大きさは人の頭ほど。


 竜は咆哮を上げ、フニルに迫る。

 しかし敵に噛み付く前に、喉奥を魔剣フロッティで一突きにされ爆発。


 フニルの視界が塞がる。

 俺はその煙に跳び込む。


 煙を身体に纏わり付かせながら、フニルの目の前に飛び出す。

 聖剣を振るい、奇襲を仕掛けるも攻撃を逸らされる。


「くッ!」


 フニルは、手元の魔剣で高速の突きを繰り出す。

 俺は防戦一方で、徐々に細いアームの上を後退していった。


 時間が過ぎる度、体中に傷が増える。

 と同時に、勇者の能力のお陰ですぐさまその傷は癒えていく。


 だが傷が癒えていくほど、体内の魔力が減っていくのが分かる。

 このままではいずれ、魔力が底を尽いてしまう。


「ほらほらほらッ! 守ってばかりでは私を理解わからせられませんよッ!」

「ッ!」


 チラリとローザを見遣る。

 ローザは俺に魔法が当たるのを危惧しているのか、攻撃を躊躇っていた。


 如何やらローザの援護は望めないらしい。

 ならばここは、無理にでも自分でこの状況を変えなければ。


 俺は防御を捨て、あえて攻撃を受ける。

 そして攻撃の僅かな隙を付いて、強引に剣を振るった。


 でもそこに敵はもう居ない。

 振るった聖剣の腹に立っていたからだ。


「ふむ。少しは貴方に期待していたんですがね。如何やら期待外れのようでしたね。では、目的を済ませて仕舞いましょうか」

「……その目的ってのは、一体何なんだ?」


 俺は聖剣を振るったままの姿勢で問う。

 フニルは聖剣に乗ったままの姿勢で言う。


「貴方ですよ。貴方のその聖剣です」

「聖剣……だと?」

「えぇ。魔剣と対になる存在、聖剣。しかし魔剣と違って、聖剣を振るえるのは一部の者たちのみ。そうッ! 貴方達、勇者の末裔のみなのですッ! 実に興味深いではないですかッ! 是非その謎を解明して、聖剣を私のコレクションに加えたいッ!」


 そう語るフニルの顔は、恍惚とした表情を浮かべていた。


「……そうか。だけど残念だったな。俺の聖剣は、お前なんかにくれてやるつもりはない」

「そうですか。ですが問題ありません。元より力尽くで、貴方から奪うつもりでしたからねッ!」


 と言ってフニルは聖剣の上で一歩踏み出す。

 魔剣の切っ先が向かう先は、俺の眉間。


 だが俺はその攻撃を受け入れる様に、その場から動かない。

 何故ならば――。


「――地獄に繋がれし邪竜よ。今、その枷を解き放たん。さぁ、この世全てを焼き払い、燃やし尽くし、灰燼と帰せ。上級魔法――邪竜獄焔ドラグ・ヘルフレイムッ!!」


 そう。

 ローザが魔法を撃ったからだ。


「なにッ!?」


 フニルは驚きの声を漏らす。

 魔剣を構え直すが、時すでに遅し。


 人一人を飲み込むほどの、燃え盛る竜の顎が咆哮を上げる。

 竜は獲物を飲み込んだ。


 爆轟。


 手加減無しの本気の魔法。

 まともに喰らったフニルは吹き飛び、積み上げられた資材に突っ込む。


 爆発の直前に俺は、距離を取っていた。

 それでも、爆発の衝撃波で吹き飛んだ。


 地面を転がり、衝撃を殺す。

 立ち上がった俺は、ローザに文句を付ける。


「ったく。もう少しで俺に当たる所だったぞローザッ!」

「あら? ユウトに当てるつもりだったのに。相手を間違えたかしら?」


 離れたところに居るローザが、小首を傾げた。


「おい」

「フフッ。冗談よ。ジョーダン」

「洒落にならないぞッ!。その冗談は……」


 あの時は手加減していたとはいえ、俺に向かって同じ魔法をぶっ放してきた奴だ。

 なので、とても冗談には聞こえなかった。

 とは言え当てるつもりが無い事は、分かっている。


「不愉快ですねッ!! 実に不愉快ですッ!! ――ハッ!」


 資材の山に埋もれていたフニルが、少しくぐもった声を出す。

 そしてその裂帛の掛け声と共に、資材の山が切り刻まれる。


 スクラップと化した資材の雨の中に、フニルは居た。

 燕尾服の上着は至る所が焦げ付き、穴だらけだ。


 フニルは上着を脱ぎ捨て、空中で切り刻む。


「全く。私の邪魔をしないで貰えますか? ローザディア王女殿下?」

「ふんッ! アタシのユウトに手を出すからでしょ?」

「……ほう。お二人は既にもう、そのようなご関係に?」

「ばッ! バッカじゃないのッ! アタシ達はそう言う関係じゃ無いわよッ! そ、そうッ! ユウトはアタシの下僕なのよッ! だから下僕を守るのは主人の務めでしょッ? だからよッ! か、勘違いするんじゃ無いわよッ! ふんッ!」


 下僕か。

 懐かしい呼び方だな。


 かつては下僕と呼ばれて、喧嘩までしたが。

 どうしてか今は、そう呼ばれても不快には感じない。


 これが恋の力って奴か。

 恋は盲目って言うのは、あながち間違いではないんだな。


 でも何で今更、下僕なんて呼ぶんだ?

 それに何故、ローザは慌てているんだ?


「……そうでしたか。では、そう言う事にして置きましょう」

「だから違うって言っているでしょッ!! そう言う事って何よッ! そう言う事ってッ!」


 何はともあれ、取り敢えず。


「落ち着けってローザ。さっきから、何をそんなに慌てているんだ?」

「慌ててなんかいないわよッ! アタシは至って冷静よッ!!」


 いや慌ててるだろ。

 どう見ても。


「……ふぅ。五月蝿いですねぇ。全く。先にその五月蝿い口を黙らせましょうかね? ……ではローザディア王女殿下。貴女には、ここで死んでもらいます」


 魔剣の切っ先をローザに向け、そう宣言したフニル。

 死の宣告を受けたにも関わらず、ローザは胸を張る。


「ふんッ! 殺れるものなら、殺ってみなさいッ!」

「そう言っていられるのも、今の内ですよッ!」

「え」


 ローザの口から思わず漏れる音。

 目の前には。


 一瞬でゼロ距離まで間合いを縮めた、フニルが居た。

 手にする魔剣の切っ先が迫る。


 ローザの心臓へと。

 その光景は一瞬の出来事のはずなのに。


 俺の目には何故だか、ゆっくりと進んで見える。

 まるで、世界の時間が遅くなった様に。


 俺はゾーンに入っていた。


 遅くなった時間の中、鉛の様に重い脚を無理やり動かし、走る。

 ――切っ先がローザの心臓に近付く。


 走る。

 ――切っ先がさらに近付く。


 止まる。

 ――そして切っ先が、今。


 聖剣を上段に構える。

 ――心臓へ。


「止めろォォォォォォァァァァァァッ!!」


 聖剣を振り下ろす。

 ――/――。


 魔剣は……真っ二つに折れた。

 ローザの心臓に届くはずだった切っ先は――。


 世界の時間が戻る。


 ――宙を舞い、地面に突き刺さった。


 俺は返す刀でフニルを攻撃。

 しかし紙一重で、躱すと大きく距離を取った。


 といきなり俺の全身に痛みが走る。


「ぐぅッ!」


 堪らず膝を付く。

 きっと無理やり身体を動かした所為だ。


 体のあちこちが痛い。

 オマケに、猛烈に怠い。


 このまま横になって、寝てしまいたいぐらいに。

 だが、そんな事をしている暇は今は無い。


 俺は自身の身体に鞭打ち、立ち上がる。


「はぁ……はぁ……。だ、大丈夫か……ローザ?」

「あ、うん。大丈夫……」

「良かった……」


 ローザは何が起こったのか分からない様子で、呆然と返事を返す。

 無事で良かった。


 本当に。


 もしローザに何か遭ったらと思うと、俺は耐えられない。

 本当に無事で良かった。


「あぁッ! 私の魔剣が……」


 声に振り向けば、フニルの手の中で魔剣が塵と化す。

 掌の塵は風に流され、空へと消えていった。


「ハハ。ハハハ。アハハハハハハッ!! ……訂正します。如何やら貴方は、私の期待通りの存在だ」

「……お前に期待されても。俺は嬉しくは無いが?」


 ローザを、たった今殺そうとした奴だぞ。

 そんな奴に期待されても、此方から願い下げだ。


「そして貴方は私を怒らせた。私の魔剣を一度ならず二度も壊すなんてッ!」

「な、何よ。アンタだって感情を持っているじゃない」


 ローザの声は少し震えていた。

 無理もない。

 たった今、殺されそうになったのだ。


 だが殺そうとした相手に、言葉を投げ掛けるその胆力。

 流石、魔王の娘なだけあるな。


「えぇ。誠に遺憾ですがね」

「なら。俺達がもっと感情を理解わからせてやろうか?」


 と言って俺は聖剣の切っ先を、フニルへ向けた。


「そうですね。是非そうして貰いたいですね、と言いたい所ですが。……如何やら少々、暴れ過ぎたようですね」


 遠く、祭囃子に混じってパトカーのサイレンが鳴っている。

 ここがバレるのも時間の問題か……。


「ですのでここは、場所を変えましょう」


 そう言うとフニルは、近くの電柱の天辺に飛び乗った。

 優雅にお辞儀をすると、続けて言う。


「では。たつのこ山でお待ちしています」

「おいッ! 待てッ!」

「そう言って逃げるつもりねッ!」

「いえ。私が敵に背を見せて逃げる、などと言う様な事は致しません。これはあくまで場所を変えるだけです。――では」


 言ってフニルは、その場から消えた。


「あッ! 待ちなさいよッ! コラァッ!!」

「落ち着けって、ローザ」


 ローザは拳を振り上げて叫ぶ。

 あとこの台詞、一体何回目だ?


「アイツが言った通り、もうすぐここには警察が来る。その前に親鳥と牙央を安全な場所に移さないと」


 そうしないと、二人の半裸(牙央は全裸)の男女が警察に見つかってしまう。

 友人達を変質者にはしたくない。


「……アイツの言葉、信じるの?」

「あぁ。嘘は付いている様には見えなかった」


 フニルが待つと言った、たつのこ山。

 この町の裏にある、小さな山。


 小さい頃はよく此処で、虫取りをしたものだ。


 とノスタルジーに浸っている暇は無いんだった。


「ほら。二人を運ぶぞ。親鳥の方は任せたからな」

「しょうがないわね。分かったわ」


 俺達は二人を担いで、廃ビルを後にする。





 ***





「くぅ! それにしても重いわね、姫奈」

「……だろうな」


 ローザと親鳥の身長差に加え。

 堅牢な胸部装甲を、親鳥は持っているんだから。


「だろうなって。女性に失礼じゃない?」

「そう言うローザも失礼だろ?」

「アタシは女だから良いの」

「いや。性別の問題か?」

「……ねぇ。この会話。止めましょうユウト」

「……だな。余りにもノンデリすぎるか」


 他愛無い会話を交わす俺達。

 戦闘の合間の、束の間の休息って奴だな。


 それにこうでもしないと、頭が如何にかなりそうだった。

 今日は色々あり過ぎたし。


 とは言え、まだ戦いは終わっていない。

 寧ろここからが本番だ。


 鍛冶師ドヴェルグのフニル。


 燕尾服を身に纏った、褐色の肌に黒髪の男。


 親鳥の心を弄び、牙央を傷つけ、ローザを殺そうとした男。


 奴は絶対に俺がぶっ飛ばす。


 そう決意を、改めて胸の内に宿した。


「よい、しょっと。……ふぅ」

「おい。大丈夫か?」


 警察に見つからない様、二人を路地裏の奥で下ろす。

 親鳥を下ろしたローザは、腰に手を当てて一つ息を吐く。


「これくらい平気よ。ユウトに比べればね?」

「ん? 俺? 俺も別に平気だが?」


 普段から鍛えている為、牙央一人運ぶくらい造作も無い。


「ウソ。……無理してるでしょ?」

「……そんな事は無いが?」

「ウソよ。こんなにボロボロじゃない……」


 たしかに、俺の着ている服は至る所が破れている。

 だがその下の傷は。


「傷は治っているから大丈夫だ」

「……だけど、失った血や疲労は戻らないでしょう? それに、身体だけじゃないわ。……ここも、ボロボロでしょう?」


 トンとローザは、小さな握りこぶしを俺の胸に当てた。

 それは……。


「……」

「……ユウト。そんなに強がらなくても良いんだよ?」

「……でも俺は、男で勇者の末裔だ」

「男だろうが勇者の末裔だろうが、そんなの関係ないよ。……泣きたい時に泣けば良いいんだよ? ユウト」


 ローザは両手を開き、その薄い胸を差し出す。

 優しい顔だった。

 どこまでも優しい顔。


 その顔は、俺の無くなった母親に似ている気がした。

 いや、似ているも何も母親は俺が生まれた時に死んでいる。

 だから母親の優しい顔は知らないはずだ。


 でも、どことなく似ている気がして。


 気付けば俺は、ローザの胸で泣いていた。

 小さな子供みたく、声を上げて泣いていた。


「あぁぁぁぁぁぁッ!! ……怖かった。ローザが、親鳥が、牙央が、皆が傷つくのが怖かった。俺の届かない所に行くのが……怖かったッ!」

「……よしよし。怖かったね。……でも、もう大丈夫だよ? アタシはここに居るよ? それに姫奈や犬山だって居るよ? ……だから大丈夫」

「……うぅ」


 ローザの小さな手が、俺の頭を優しく撫でる。

 母親が我が子をあやす様に。

 その掌は温かかった。


 暫くして、俺はローザの胸から顔を離す。


「……悪い。見っとも無い所、見せたな」

「見っとも無くなんか無いわ。だってそれは、アタシ達に感情があるって事だから。寧ろ誇っていいコトだわ」

「……そうだな」


 感情が無ければ、泣いたり笑ったりすることが無い、か。

 それに感情が無かったら、ローザに恋をすることも無かったかも知れない。


「……それに。ユウトがアタシに弱い所見せてくれて、ちょっと嬉しかったしね?」

「おい。ソレ、俺の事を馬鹿にしていないか?」

「そんな事無いわよ。ユウトの事がもっと知れて良かったって意味よ。バカになんてしていないわ」

「……そうか。でも、そんなに俺の事を知ってどうする気だ?」


 まさかローザも、俺の事を監視しているのか?

 なんてな。


「……それは……秘密よ」

「何だよ、秘密かよ」


 何だか気になる言い方だな。ソレ。

 ……まぁでも。

 

「……ありがとうな。胸、貸してくれて。お陰で気分がスッキリしたよ」

「フフッ。どういたしまして。また泣きたい時があったら、いつでも言いなさい? その時はアタシの胸、貸してあげるわ」

「ローザこそ、泣きたくなったら俺の胸。使っていいぞ?」

「ッ! べ、別にアンタの胸なんか借りたくないわよッ! フンッ!」


 全く。

 素直じゃないな、ローザは。

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