第37話 でも奥様が……

「どうやって、大陸にまで来たんだ?」


 ドラゴン族はハラディンの生まれ故郷であるダブク王国を滅ぼしてから、島を支配して外に出ようとしなかった。大陸にまで出てくる事例は今までなかったのだが……その常識は今破壊されたことになる。


 目の前にいるドラゴン族は戦闘能力の低いリザードマンという種類ではあるが、それでも鍛えられた兵の数十倍は強い。霊力を扱う騎士だって数名で囲って戦わなければ負けてしまう。


 人類とはそれほどの実力差があり、広く知れ渡っている。


 さらに鬼の仮面を付けた侵入者たちの実力も非常に高い。


 騎士が苦戦するほどで、身の危険を感じた貴族が叫ぶ。


「先にリザードマンを殺せ!」


 貴族の命令を実行するべく近くにいる騎士がリザードマンに斬りかかるが、固い鱗に阻まれてしまいダメージは与えられなかった。


「クソ。もう一度ッ!」


 剣を振り上げようとしたが、リザードマンの尻尾が伸びて喉を突き刺す。素手だと思って油断していた騎士は、何をされたか分からず目を見開き、倒れてしまった。


 死体から剣を奪い取ったリザードマが叫ぶ。


「グァァァアアアア!!」


 霊力が含まれており、耐性の低い人間たちは恐慌状態になる。


 入り口近くにいる商人や上級平民たちが一斉に出口へ走り出した。彼らが連れてきた護衛たちも同様だ。錯乱して逃げだそうとして鬼の仮面をしている襲撃者に着られてしまい、仕方なく応戦する。


「平民どもどけ! 俺たちのために名誉の死をくれて――ブヘッ!」


 助かりたいのは貴族も同じである。出口に殺到している商人たちを押しのけて逃げようとしているが、殴られて吹き飛ばされてしまった。


 緊急事態時に身分など関係ないのである。後のことは生き残ってから考えれば良い。そんな考えがパーティー会場内に伝搬しているが、ペイジとメーデゥだけは違った。動いていない。ハラディンが勝つと信じて待っているのである。


「お前は逃げないのか?」


 声をかけたのはボンドだ。出口に向かおうとしたのだが、視界の端にペイジが入ったので気になったのである。


 裏商人よりも先に逃げるなんてプライドが許さない。それが彼に冷静さを取り戻させた。


「ハラディン様がいますからね。リザードマンごとき、すぐに倒してくれますよ」


 バックス港町に向かう途中で出自を知ったペイジは、ドラゴン族とも対等以上に戦える実力があると知っている。戦うことしかできない男だからこそ、こういった時には頼れるのだ。


「嘘だろ。そこら辺にいる護衛が勝てる相手じゃねぇぞ」


「そう思うならどうぞ、お逃げください。私は止めませんよ」


 見下すような笑顔を向けられたボンドは腕を組んでペイジの隣に立つ。


「ふん。俺は臆病者ではない。お前が逃げ出すまでここにいる」


 信じられないと言った顔をしながら、プルペルは依頼主を見た。


「ぼっちゃん。それはダメですって。逃げましょう」


「断る」


「でも奥様が……」


「母様のことなら俺が何とかする。プルペルは大人しくしてろ」


「いや、無理ですって! いくらあの男が強いからって、ドラゴン族相手に――って、えぇ!?」


 もうリザードマンに殺されていると思ってハラディンを見たらまだ生きていた。それどころか一歩も動かずに尻尾の攻撃を受け流し、口から酸性のブレスを吐かれても白い霊力の壁を作って防いでいる。


 さらに振り下ろされた剣を片手で弾き、反撃として尻尾を片手で掴むと床にたたきつけている。


 そのような戦いを見て、プルベルの常識が音を立てて崩れていく。


 ハラディンの霊力が多いことまではわかっていた。しかし、あれほどの実力があるとは思ってみなかった。


 人間を超えるレベルだ。


「あのお方、何者なんですか?」


「私の師匠」


 悪魔の仮面を付けていても分かるほど、自慢げな顔をしたメーデゥが答えた。


 いや、そんな二人の関係を聞きたいわけじゃない。プルペルが突っ込もうとするが、鬼の仮面を付けた侵入者が近づいてきたので中断する。


「ぼっちゃん。負けても恨まないでくださいね」


「付き合わせて悪いな。俺を恨んでいいからな」


「死んだらそうします」


 ふっと笑ってから剣を抜くと応戦を始める。相手は貴族が警備に連れてきた騎士を倒すほどの手練れではあるが、負けてはいない。一進一退の攻防を続けている。


 膠着状態を崩すためプルペルはとっておきの霊技を使う。


『霊爆』


 鬼の仮面を付けた襲撃者の足下が赤くなると、火柱が立った。内部では小規模な爆発が起こっている。人間の体など容易に砕くほどの威力はあるのだが、相手は周囲に霊力で壁を創って耐えていた。


 十数秒後、火柱が消えると、軽い火傷を負った襲撃者がいた。


 鬼の仮面は熱せされているため外して素顔を晒す。


 狼と人間が融合したような顔だ。


 体毛はないが鼻や口の形は獣のそれと同じである。


「魔物付き……!」


 しかも霊技を使い、青年まで成長している。


 あり得ない。


 脳が現実を即座に拒否して、プルベルの動きが止まってしまった。


 人間に対して強い憎しみを持つ魔物付きは、隙を見せた敵に手加減などしない。全力で叩きのめすために剣を振り下ろすと、滑り込むようにして間に入ったメーデゥが青い剣で打ち払った。


 背が低い割に手に伝わる衝撃は大きい。魔物付きの襲撃者は後ろに下がったが、メーデゥは前に出て付いていく。青い剣を振り回して壁際まで追い詰めた。


「うぉぉおおお!!」


 魔物付きの襲撃者が剣を横に振るうとメーデゥはしゃがんでやり過ごし、青い剣を振り上げながら跳躍する。全身をバネのように使った攻撃は体を縦に両断するほどの威力があった。赤い血をまき散らしながら左右にわかれ、魔物付きの襲撃者は倒れた。


 顔に付いた血を拭き取り、振り返る。


 今度はペイジやボンドに近づこうとしている襲撃者に向かって走り出した。

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