第35話 悪くない目標だ
パーティ会場は、三百人ほど入れる広さがあった。窓が一定間隔で設置されていて騎士が警備している。襲撃を警戒しているのだ。
身分の低い者から入場すると決まっているため、貴族たちの姿はない。警備や配膳をしているメイド以外は誰もいなかった。
賑やかしとして呼ばれた商人や上級平民たちは、料理や酒が乗っているテーブルの方に行くものの出入り口近くで集まっている。身分が高いほど部屋の奥に行くルールとなっているので、こういった配置になっていた。
当然、ペイジも手前の方にいる。
ケーキがある皿を持ちながら、談笑している人々を眺めていた。
「一人なのが不思議ですか?」
暇つぶしのため、後ろで護衛に徹しているハラディンに声をかける。
「多少は。雇い主がここまで嫌われているとは思わなかったぞ」
「ははは、痛いところを突かれてしまいましたね」
気分を悪くせず軽く笑っていた。本人はこういった状況になることは織り込み済みで、耐えられる状況なのだ。
流石、裏商人といったところだろう。精神の強さは人一倍あった。
「寂しくはないのか?」
「私と親しいと思われたら表での商売がしにくくなりますから。仲間はずれになるのは当然です」
言葉とは逆に悲しさといった感情が声に含まれていた。
耐えられるだけで何も感じない、というわけではない。個人で麻薬を売りさばく商人には手に入らないものを見せつけられ、憧れを抱くのは自然なことだ。
「もう少しであちら側に行けます。そうなったら、あいつら全員を叩きのめせるほどのデカい商会を作って見せますよ」
死や逮捕のリスクを背負ってまで禁制品を取り扱ってきた理由が、自分だけの商会を立ち上げることにあった。
資金、コネクション、商売の知識や技術がそろってようやくスタートラインに立てるほど難易度が高く、普通は単独でやろうなんて思わない。
明らかに一人で見るには大きすぎる夢なのである。
だが、ペイジは諦めなかった。
決して社会的に正しいとは言えないが、血がにじむような努力を重ねてのし上がってきたのだ。夢まであと一歩。もう目の前まである。
「悪くない目標だ。手伝うことは出来んが応援ぐらいはしてるぞ」
話を聞きながらハラディンは会場を襲撃するであろうクレイアのことを思い浮かべていた。
ペイジからは殺して欲しいと言われているが、そんな気は毛頭ない。例え世界を敵に回しても戦友を殺すことはないだろう。
だからといって、ペイジを見捨てる気にもなれない。
魔物付きの少女を拾うぐらい情が深い彼は、お互いに大きな傷を負わない結果に出来ればと考えていた。
「ありがとうございます。今日は頼らせてもらいますよ」
ペイジは話を終えるとケーキを食べ始めると、ハラディンは服を引っ張られた。
視線を下にすると指をくわえたメーデゥが、物欲しそうな顔をして食事が乗ったテーブルを見ていた。
「食べていい?」
許可を出そうと口を開きかけて止めた。
昼の出来事を思い出したからだ。
魔物の魂が暴走する可能性は残っている。下手に刺激をすれば襲撃が起こる前に大きな騒ぎを起こしてしまう。これは誰も望まないこと。避けるべき展開であった。
「俺たちは護衛の仕事中だ。飯を食べている間に事件が起こったら初動は遅れてしまう。だから、今は我慢するんだ」
「わかった」
ハラディンの言葉には忠実に従うメーデゥは素直に諦めた。
食べ物を見れば食べたくなるので、自然と視線は外に向く。
人間よりも夜目が利くため、窓から手押しの荷台に乗っている大きい紀鉄の箱が屋敷に搬入される様子を目撃した。運んでいるのはメイドだ。
一般的に大きい荷物は前日までには運び込むのだが、そのような常識をメーデゥは知らない。
準備で忙しいんだな、としか思わなかった。
「ついに貴族の方々が来るぞっ!」
周囲のざわつきが大きくなった。
視線を野外から室内に戻すと、二階にいる楽団が音楽を奏でた。
宝石のついたアクセサリーをつけた女性と、ハラディンたちよりも上質なタキシードを着ている男性がペアで何組も入ってくる。席はある程度決まっているようで、会場の中心までいくとテーブルで談笑を始めた。
ペイジやボンドといった平民は、その姿を見ているだけ。話しかけられず、まるで見えない壁があるようだった。
「いやー。貴族の皆様はお美しい方ばかりだ。会場がいっきに華やかになりましたね」
「そうか? 派手なだけで――」
「場の空気を読んで、そこは同意して下さいって!」
せっかくペイジが貴族の気分を良くしようと発言したのに、ハラディンが台無しにしてしまいそうだった。改めて戦い以外は役に立たないとわかり、もう話を振るのはやめとようと決心したのである。
「悪かったよ。で、近くに行かないのか?」
「まだです。新しく就任された男爵様が入場して挨拶を終えるまで、我々はここで待機なんです」
「面倒な手続きがあるんだな」
「尊い方と話すにはそれなりの手順があるんですよ」
同じ人間なのに、そんな差があるのか? などと思ったハラディンだったが、先ほど注意されたばかりだったので口には出さなかった。
ため息を吐くと何も言わずに周囲の警戒を再開する。
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