第5話 やっちまぇ!

 宴会場に入るとハラディンは生き残りがいないか確認する。誰もいなかった。全身が斬り刻まれているので、死んだふりしてやり過ごそうとしている可能性もない。


 この場の生存者はゼロだと結論を出して立ち去ろうとするが、水のしたたり落ちる音が聞こえたので足を止める。


 テーブルはすべて倒れている。コップに入った酒がこぼれ落ちているわけではなさそうだ。天上から水が落ちていることもない。下を見る。


「床下収納か」


 地下に物をしまうための場所だ。保存食を置いておくこともある。スペースは小さく大人が隠れるのには使えない。


 誰もいないと思われるが、クノハ傭兵団を壊滅すると決めたのだから生き残りが出ないよう徹底的に調べる必要がある。


 ハラディンは床下収納のドアを刀で細切れにして中を見る。


「んーーーーーっ!?」


 両手両足を縛られ、口をタオルで塞がられている少女がいた。

 スペースが小さいので体は丸められていて窮屈そうだ。長い黒髪と尻尾、それと犬のような耳が特徴的である。服は着ていない。粗末なカボチャのようなパンツ一枚だけ。


 目に涙を溜めながら、殺さないでと訴えかけているようだった。


「魔物付きか。意外と成長している。好事家に売る目的で育てられたのか?」


 体の一部に獣や魔物の特徴を持ったまま生まれてしまった人を魔物付きと呼んでいる。


 母親の胎内にいるとき赤子の魂は非常に不安定であり、魔物の血を取り込んでしまうと魂が影響を受けて体が変化してしまうと言われているが、詳細は不明である。


 魔物付きは人よりも優れた能力を持つことが多いが故に、激しい差別がおこなわれていて、親ですら生まれたての赤子を殺してしまうほどだ。


 少女と呼べるぐらいの年齢まで生き延びられたのは珍しい。

 不幸な中でも幸運な人生を歩んできたと言えるだろう。


「クノハ傭兵団を処分したら助けてやる」


 魔物付きとはいえ成人にもなっていないのだ。差別心のないハラディンは、捕らわれた哀れな少女を見捨てるほど冷たくなれなかった。


「大人しく出来るか?」


 涙を流しながら首を縦に振ったので信じることにした。


 宴会場から出て階段を上がり、二階に着いた。


 床が揺れている。


 通路の左右には個室につながるドアが四つ。奥には一つあった。


 手間のドアから切り刻んで中を確認していくが誰もいない。ベッドの下やクローゼットにも隠れてないようだ。四つとも空振りだったので、本命である奥のドアに耳を付ける。


「やっちまぇ!」


「避けろ!」


「大金をかけているんだ! 負けるなよ!!」


 野太い聞こえた。決闘をしているようである。


 音を立てずにゆっくりとドアを開いて中を見ると、大部屋に数十人もの男がいた。中心はぽっかりと空いていて、二人の成人した魔物付きの男性がナイフを振り回しながら戦っている。


 魔物付き同士で殺し合いをさせているのだ。


 浅くはない傷を負っていてもうすぐ決着が付きそうだ。どちらが生き残るか金を賭けているクノハ傭兵団の熱狂は最高潮に達しており、侵入したハラディンに気づけないほど集中している。


 すぐに殺すようなことはしない。


 傭兵団長を探すため、部屋を歩きながら周囲を観察する。


 飛び抜けて背の高い男はいたが、硬貨の入った袋を握りしめて罵声を浴びせているところから、集団をまとめるような能力があるとは思えない。よくて切り込み隊長だろう。


 他の傭兵に比べて体格の良い男は二人いるが、裏路地にいる荒くれ者と大差ない。

 村を生かさず殺さずの状態にしようなどと考える知能があるとは思えなかった。


 傭兵団長は別の場所にいるかもしれない。

 そう考え始めたハラディンの目が、背の低い男を捉えた。


 頭髪はなく肌が荒れている。破れかけた服を着ていて傭兵団の中でも地位が低いように見えるのだが、相当量の霊力が漏れ出していることに気づく。


 目に見えない魂の力、それが霊力である。誰もが持っており僅ではあるが常に体外へ放出しているが、離れていても知覚できるほど出せる量は珍しい。


 一般的に霊力持ちと言われ、千人中一人という割合で存在する。


 鍛えれば霊技が使えるようになるため、霊力持ちは集団のボスになることが多い。


 真っ先に殺すべき相手を見つけたハラディンは、腰を落として刀を抜く。


『飛霊斬』


 目の前にいる傭兵の体を両断しながら、白い斬撃が背の低い男――傭兵団長を襲う。


『霊壁』


 ドス黒い壁が前に出現して衝突、消滅した。


 侵入者を殺せと声を上げようとした傭兵団長ではあったが、先ほどまでいた場所にハラディンがいない。傭兵どもが敵に襲われたと騒ぎ立てて邪魔をしており、探そうにも動けないでいた。


「俺はここだ」


 耳元で声がしたので、傭兵団長は前に飛びながら振り返る。


 視界が上下逆転した。


 続いてぼとりと物の落ちる音がして床に当たる。視界には刀を抜いたハラディンが立っていて、ようやく首を斬られたのだと気づき、視界が暗くなって体内にある霊力が消えた。


 現世から魂が去ってしまったのだ。


 少し遅れて体の方も床に倒れると、残っている傭兵たちが一斉にハラディンを見た。


「てめぇ! 頭を殺しやがったな!」


 周囲よりも頭一つほど背の高い男が叫ぶのと同時に両断された。


 驚愕している男どもの頭が次々と落ちていく。


 圧倒的な力の差があり抵抗することすら許されない。


 大部屋に集まった傭兵たちは、戦いが始まって十秒程度で全滅してしまったのだった。



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【あとがき】

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