第6話 私は狩りができる。料理も

 刀を鞘にしまったハラディンは血で作られた水たまりを踏みながら、決闘がおこなわれていた場所に移動した。


 魔物付きの二人は倒れていて息をしていない。


 傭兵たちを殺している僅かな間に息絶えてしまったのだ。


 膝をついて目を閉じる。


「戦女神よ。傷ついた魂が安らげる場所に導いてくれ」


 死後の世界はあると信じられているが、そこがどのような場所であるか誰もわからない。ハラディンは自身が思い描く理想郷に彼らが行けるように祈っていた。


 しばらくして目を開けると立ち上がり一階に戻ると、宴会場で見つけた床下収納の前に立つ。


 変わらず少女が押し込められていたので、拘束している紐を切った。


「大丈夫か?」


 口に付けられた布を外しながら、少女は立ち上がった。


 パンツしかはいてないのだが、ボサボサの黒髪が胸や体を隠していて服のような役割を果たしている。


「うん」


「上に大人の魔物付きがいた。お前の知り合いか?」


「知らない。私はずっと一人」


 少女の使う言葉は短い。魔物付きという理由で周囲から嫌われていたため、他人と交流する機会が極端に少なかったからである。コミュニケーション能力が未成熟なのだ。


「そうか。ならもう話すことはない。自由に生きろ」


 明日食べる飯にすら困っているハラディンは、人助けしたとしてもその後の面倒まで見よう思わない。


 勝手に救って終わりだ。


 随分と身勝手な振る舞いではあるが、人間なんてそんなものである。


 まだ少女を見捨てなかっただけマシな性格をしていると言えるだろう。


「何でもする。一緒にいたい」


 立ち去ろうとしたハラディンの服を掴んだ。


「どうして?」


「生きたいから」


 だからその理由を知りたいんだと、問い詰めるようとして口を開きかけて閉じた。未熟な少女は、自分の考えを言葉にできないと気づいたからである。


 余計な質問はやめて意見を一方的に伝えると決める。


「だったら付いていくべき人間を間違えている。俺は誰かを守れるほど強くはない」


 生き残りたい一心でハラディンを引き留めようとしている少女が、ためらってしまうほど重く実感のこもった声である。他人を寄せ付けない雰囲気に飲み込まれてしまい動けない。


「家を漁れば食料や水、自衛用の武器ぐらいは見つかるだろう。金だってあるかもしれない。それらはすべてやるから諦めずに生きるんだな」


 服を掴んでいる手を振りほどき、ハラディンは宴会場から離れて家を出る。


 暗くなった森を歩いていると、草を踏みしめる音が聞こえた。


 振り返ると置いてきたはずの少女がいる。


 緊張しているのか、履いているパンツを掴みながら彼を見上げていた。


「私は狩りができる。料理も」


「だから連れて行けと?」


 コクコクと頭を縦に振った。


 拒否しても勝手に後を追ってくるだろうことは、ハラディンにだってわかる。何を言ってもしがみついてきそうなので、無理難題をふっかけて諦めてもらおうと、一つの条件を提示することにした。


「言葉だけでは信じられん。何か狩ってこい」


 すでに夜になっている。周囲は暗く、武器どころか服すら持ってない。狩りの技術を持っていればこそ難易度が高く危険だとわかる話だ。


 普通なら断る。


 でも少女は、それでも受け入れることにした。


 魔物付きは人間が住む場所に行っても、迫害されて飢え死にするだけだ。


 暗闇の中で狩りに失敗して死ぬのと大差ない上に、成功すれば普通の人間と接してくれるハラディンと一緒にいられる。


 優しくして欲しいなんて贅沢は思わない。

 ただ側にいてくれるだけでいいのだ。


 孤独に疲れた少女にとって、嫌悪感を出さずに会話をしてくれるだけでも嬉しかった。


「行ってくる。待ってて」


 ナイフの一つも持たず森の中へ入っていこうとする少女の腕をハラディンが掴んだ。


「どうやって狩るつもりだ?」


「ネズミやリスなら素手で捕まえられる。寝ている鳥も」


 それらを狩るには気配を消して近づき、一瞬で捕まえる能力が必要となる。


 当然のように言っているが、普通は無理だ。

 少なくとも殺気を抑える技術がないハラディンにはできない芸当である。


 もし少女の言葉が真実で、道具がなくとも獲物を捕まえられるのであれば、道中で行き倒れそうになる可能性はぐっと下がる。


 いつも腹を空かせている彼にとって魅力的に思えてきた。


 腕を放すと少女は森の奥へ進んでいく。


 ハラディンは離れた距離から後を追う。暗闇の中だからか、慎重になっているため歩みは遅い。木の根につまずいて足の指を押さえてうずくまる姿も見た。


 森を歩き慣れてない。


 先ほどの言葉は嘘だったのかとハラディンは落胆していると、少女の目が鋭くなって地面を見つめる。獲物を狙っているのだ。


「…………」


 気配が急速に薄れて自然と一体化している。風が吹いて長い黒髪を揺らしている。二足歩行するオオカミが近くにいるが、気づいている様子はない。素通りしてしまった。


(霊力を極限まで薄くしているのか)


 魂は反発し合う性質を持つ。自然に漏れてしまう僅かな霊力であっても、近くに生物がいれば霊力がぶつかり合って、何かがあると気づけてしまうのだ。


 感覚の鋭い動物は目や鼻よりも霊力に敏感であるため、漏れ出す霊力をゼロにした少女に気づけないでいる。


 その技術はハラディンが何度訓練し手も手に入れられなかった、生まれ持った才能に依存する技術であった。

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