第7話 俺に付いてこい

 少女は十分経過しても動かない。立ったまま寝てしまったんじゃないかと、ハラディンが心配するほどだ。


 状況が変わるまでじっと待っていると、落ち葉が僅かに揺れた。


 ネズミが顔を出す。小さい体を左右に動かして危険がないと確認してから、巣穴から体を完全に出した。


 エサを求めて走り出そうとするネズミだが、気配を完全に消していた少女に掴まれてしまう。


 ハラディンが一瞬見失ってしまうほどの速さである。


 無力な魔物付きの少女という評価が一変するには充分な光景であった。


 宝物のように両手でネズミをもつとハラディンに駆け寄る。


「とれた」


 何度も騙された経験を持つ少女は、瞳が不安で揺れていた。


 もしハラディンに小動物一匹では足りない、大物を捕まえろと言われてしまえば、体力が落ちている今の体では不可能である。立っているだけでも辛い状態であるため、追加のオーダーが来たら諦めて一人で生き残る道を探すしかない。


「どうしてネズミがいると分かった?」


「なんとなく」


「勘か……」


 失望されたと勘違いした少女から力が抜けた。


 ネズミが逃げ出してしまう。


「ごめんなさい」


 今度こそはと期待したけど、やはり上手くはいかなかった。


 一人で生き抜くには、この世界は厳しすぎる。


 狩りの技術があれば食事は確保できるかもしれないが、安全な町に住めないのであれば生き延びるのは難しい。遠くない未来、魔物に寝込みを襲われて食い殺されるだろう。


 大人にすらなれず人生が終わる。


 その事実が重くのしかかり、少女は目から涙がこぼれ落ちていた。


「お、おい。急に泣いてどうした?」


 一人で傭兵団を全滅させた恐ろしい男が、泣いた姿を見ただけで慌てている。


 ギャップを感じた少女は悲しいのに笑ってしまった。


「なんなんだ……」


 表情がコロコロと変わって理解が追いつかない。


 ハラディンは頭をかきながら呆れてしまう。


「さようなら」


 同行するのを諦めた少女は、くるりと回って背を向ける。


 アピールは失敗したと思い込み、静かに立ち去ろうとしているのだ。


 必死になって食らいつこうとしないのは、過去に何度も酷い扱いをされてきたため諦め癖が付いているからだえある。


 どうせ今回もダメ。


 そういった負の感情が心の中を埋め尽くしていた。


「待て」


 少女の肩に手をおく。肌が冷たい。寒さによって震えているように感じる。


 話す前に体を暖めさせる方が先だ。


 急いで外套を脱いだハラディンは、何も言わず少女にかぶせる。サイズが大きすぎるため膝丈まで隠れ、ワンピースのような見た目になった。


「俺に付いてこい」


 何が起こっているのか分からず、ぼーっとしている少女の手を掴むと歩き出した。


 目的地は虐殺をおこなった家だ。


 中に入ると二階に上がり、誰もいなかった部屋に連れ込んだ。


「体が目的?」


「違うッ!!」


 服を脱ごうとした少女の手を止めた。


「夜の森で長話するわけにも行かないから、安全な場所に移動しただけだ。決して、やましい気持ちがあるわけじゃない。安心しろ」


「わかった」


 少女の手が服から離れるとベッドの上に座った。疲れて立ち続けられないのだ。強い眠気にも襲われていて、目が半開きになる。


「話は明日にする。今は寝るんだ」


「うん」


 限界を迎えた少女は何も考えられず返事すると、気絶するようにして眠った。


* * *


 翌朝、少女が目を覚ますとハラディンの姿はなかった。


 昨日もらった外套を鼻に付けると、他人のにおいがした。魔物付きは人間よりも五感がすぐれていることもあって、健康状態すらわかるほどの情報が手に入る。


 恐ろしくも優しい男は、大病を患ってないとわかり安堵した。


「どこにいる?」


 目を閉じて頭部についた犬耳に手を当てて音を拾う。


 下から足音が聞こえた。数は一つ。空気の振動具合からハラディンと同等の体格だとわかった。


 自分を捕まえた傭兵である可能性も考えて、少女は足音を立てずに一階へ向かう。


 静かに階段を降りていると、肉の焼ける匂いがしてきた。とたんに空腹を思い出す。少女の腹から小さな音が鳴った。


 鼻をヒクヒクと動かして場所を特定すると、階段を飛び降りて殺戮現場だった宴会場に入る。


 床に血の跡は残っているが、死体は綺麗になくなっていた。刀によって壊れかけたテーブルは一応使えるようになっていて、肉や葉野菜の入った皿が二つある。カゴにはパンがいくつも入っていた。


「起きたのか?」


 部屋に入ってきた少女に気づき、ハラディンが聞いた。


「いっぱい寝た」


「よかったな。腹減っただろ。倉庫にあった食料を調理したから一緒に食べるぞ」


「……いいの?」


 少女にとって食事とは警戒が薄れて隙を見せてしまう危険な行為である。隠れて食べるのが当たり前であり、他人と共にするとは憧れて夢見たこともあるが自分には関係がないと諦めていた。


 だからこそ、まさかハラディンから提案されるトは思ってもみなかったので、頭が真っ白になって動きが止まってしまった。


「嫌って感じではなさそうだが……何を考えているか分からない女だな」


 小さくため息を吐くと、少女の手を取ってテーブルの前にまで移動させると椅子に座らせる。それでも動く気配がなかったので、カゴにあるパンを小さくちぎって口にねじ込んだ。


「うぅん? おいひい」


 飲み込みながら少女が笑った。


 邪な気持ちが一切ない純粋な感情を向けられ、ハラディンは自然とつられて笑顔を作ってしまった。

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