第32話 それは良き買い物をされましたね

 予定より少しや早めに宿へ戻どると、二階に上がってペイジが滞在している部屋の前に立つ。


 中から人の気配がしている。


 準備が終わって戻ってきているのだ。


 ノックをするとドアが開き、見慣れてきた顔が出てきた。


「ハラディン様、お早いお帰りで……おや? 武器を新調されたのですか。なかなか質が良さそうで」


 視線はメーデゥが持っている青い剣に向いていた。


 禁制品を扱っているといっても商人ではあるので、簡単な目利きぐらいはできる。


「次の旅に備えて買い換えた。これもお前がくれた前金のおかげだ。助かったぞ」


「いえいえ。正当な対価をお渡ししただけでございます」


 手をもみながらペイジは脳内でハラディンの財布の中身を計算する。


 曰く付きの品とまでは気づけていないため、前金はすべて使い切ったと考えてしまった。


 金に困っているはずだから、追加報酬を渡すと言えば無理な願いを聞いてくれる可能性は高い。


 過程は間違っているが一応の正解にはたどり着いた。


 気づかれないよう、ニヤリと笑いながら話し出す。


「このような良質な武器をご購入されたのでしたら、旅の資金は乏しいのでは?」


「いや、これは曰く付きの品だから安く買えた。仕事終わった後の報酬さえもらえれば数年は暮らせるだろう」


 予想外の結果にペイジは驚く。まさか戦闘しかできないハラディンが、商人と交渉して安くて良い物を買うとは思ってみなかった。ようやく計算するまえの前提条件が違っていたと気づく。

 

「な、なるほど……それは良き買い物をされましたね」


「まあな。だが、できれば防具もそろえたい。追加のもうけ話があるなら聞くぞ」


「実はですね。美味しい話が一つあるんです」


「内容は?」


「パーティーの襲撃犯を捕らえるのではなく殺せば、さらに覚えが良くなるようで……」


 声をワントーン落としてペイジが依頼内容を伝える。


「ハラディン様、襲撃犯を狙って殺せませんかね」


 背後関係を洗うために周囲は生かす方向で考えているが、新しく叙任される男爵は過去の汚点を消そうとしてクレイアを確実に殺したいのだ。


 その汚れ役を裏商売が得意なペイジに依頼したのである。


「ヤれそうなら狙ってみる。それでいいか?」


「もちろんです。頼みましたよ」


 思ってもない発言をしたハラディンをペイジは信じた。


 これで仕事を邪魔することないだろう。彼がクレイアを殺すつもりはないと判明したときは、すべてが終わった後である。


「さて、難しい話はここまでにしましょう。パーティー用の服をご用意したのでサイズを合わせませんか」


「いいだろう」


「それではお入りください」


 部屋の中にペイジが入ったのでハラディンとメーデゥも続く。


 貴重な商品を置けるように配慮されているため一人で泊まるには大きな室内だ。ペイジは部屋に備え付けられている大きいクローゼットを開けると、ハンガーにぶら下がった真っ黒なタキシードと白いシャツを取り出した。


「戦闘がしやすいように伸縮性のある生地で作っています。サイズが合うか試着して下さい」


 タキシードを受け取るとハラディンはこの場で着替える。下着姿になって無数の傷を晒しながらシャツ、パンツ、ジャケットを着ると、腕を伸ばして動きを確認した。


「少し窮屈だ。調整は可能か?」


 死んだ護衛のために作っていたためハラディンにはサイズがあわなかった。日常生活を送る上では大丈夫だが、戦闘でもしたら破けてしまう可能性もある。


「ちょっと確認させて下さい」


 体を触りながら、ペイジがタキシードの裾や丈の長さを確認していく。


 禁制品を売りさばく商人になる前は中古の衣服を取り扱っていたので、寸法を測るのは得意なのだ。


「ふむ。確かに小さめですね。調整するので脱いでもらえますか」


「わかった」


 タキシードとシャツを脱いで下着姿になると、サイズ調整するペイジを見る。


 針と糸、鋏を使って肩や袖回りの調整を行っていた。慣れた手つきに感心する。


「器用だな」


「昔は兄弟や親の服もこうやって直してましたからね。唯一の取り柄ですよ」


 自慢することなく、事実を言っただけといった感じで淡々としていた。


「メーデゥの変装はどうするつもりだ?」


「頭の上半分を覆う仮面と長いマントを用意したので、それをつけてください。あ、念のために尻尾は体にまいてもらえると助かります」


 手を止めたペイジはベッドの下を指さしていた。


 ハラディンが覗くと皮のケースが置かれている。取り出して中を開くと、折りたたまれたマントの上に長い二本の角が付いた悪魔の仮面があった。顎から下は露出するようにデザインされているので、会話や飲食に困ることはないだろう。


 悪魔の仮面を手に持つとずっしりとした重さがあった。仮面の内側、角の部分は空洞になっていて、無理すれば犬耳がしまえそうな仕組みだ。


 さらに角の先端には穴が空いていて、空気が抜けるようになっている。


 汗をかいても蒸れにくい工夫がされていた。


 パーティーだけではなく、夜こっそりと移動するときにも使えそうだ。


「正体は隠せそうだが、こんなもん付けて文句言われないのか?」


「酷いケガをしているから見苦しくならないように隠していると言えば何とかなりますよ」


「そんなもんか……」


 自信満々に言われてしめば、ハラディンは口を閉じるしかなかった。

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