第31話 食べてみるか?

 コップを受け取った二人は口を付けてジュースを飲む。


 熟した果実を潰して作られているため口いっぱいに甘い香りが広がった。未熟ながらも質の良い品種を組み合わせて改良されているため、自生しているものよりも味が濃い。


 砂糖とは違ったさっぱりとした甘さはメーデゥの好みにぴったりである。


 体内に混ざった魔物の魂が強くざわつき、果実ごと一気に飲み干してしまった。


 空のコップを見て強い悲しみを感じる。


 普段は小さい体の中に眠っている魔物が自己主張を始めてしまったのだ。


「俺には甘すぎる。飲むか?」

 

 ほどよい甘さでハラディンも気に入っていたが、半分以上も残っているジュースをメーデゥに差し出す。


 次いつ飲めるか分からないから、思う存分堪能して欲しいとの気持ちがあった。


「もらう」


 押しつけられたコップをメーデゥが持つとハラディンは別の屋台に行った。


 店員からエールの入ったジョッキを受け取り、ごくごくと喉を鳴らしてすぐに飲んでしまう。


 本当にお酒が好きでジュースをくれたのかもしれない。そう思ったメーデゥは、ためらいがちに少しだけ口に含む。


 甘い。魔物の魂に負けてしまいそうになるが、同じ過ちは繰り返さない。理性を総動員して我慢すると、長く楽しむために少しずつ飲んでいく。


 味に集中していると香ばしい匂いがしてきた。


 後ろを向くと、五つの肉がついた串を持つハラディンがいる。


「熟成されたいい肉を使っている。食べてみるか?」


「うん」


 串の先端に付いている肉をぱくりと噛んで、引っ張り抜き取ると咀嚼する。


 口の中でとろけてしまった。塩や香辛料もたっぷりと使われていて後味も良い。


 物足りない。もっとよこせ。


 魔物の魂が訴えかけてくる。お腹は膨れてきているのに空腹感にお襲われて、ハラディンから串を奪い取ると残りの肉も食べ、喉が渇くとあれほど大切にしていたジュースもガバガバと飲んでしまう。


 路上での食事だが、いささかマナーにかける。


 周囲にいる人間が眉をひそめるほどで悪目立ちしてきた。


 先ほどの武器屋で正体がばれてしまったことを考えれば、場所を移動した方が良い。いや、宿に戻って仕事に備えた方が良いだろう。


「そろそろ返ろう」


「やだ。もっと食べる」


 肉がなくなった串をしゃぶりながら、メーデゥが抵抗した。


 二人が出会ってから初めての反応である。


 戸惑いながらもハラディンは、少女の瞳孔が縦長になっていることに気づく。


 ネコ科の特徴が出ているのだ。


 耳や尻尾は犬であるため複数の動物の特徴を持つこととなる。


 そのような特徴がある魔物を一般的にキメラと呼んでいた。


 魔物の中でもさらに特殊で歪な存在。それがメーデゥの中に入っていたのだ。


「……わかった。もう最後に肉を買うから歩きながら食べるぞ」


「うん」


 それじゃ足りない。そう言われないか心配をしていたハラディンだったが、納得してくれて安堵した。


 魔物の魂が暴れ出す前に宿へ戻りたい。


 使ったコップと串を店に返却してから、新しく骨付き肉を五本買うと来た道を戻る。


 小さい体に吸い込まれていくように一本目はすぐに食べられてしまう。残った骨を舌で舐め回してからぽいっと捨てる。


 遠くから様子を見ていた野犬が拾うと去って行った。


「次」


 顔を上げてハラディンを見る。


 瞳孔は縦に長いままだ。体内に混ざり込んだ魔物の魂は満足していない。


 無言で骨付き肉を渡そうとすると両手で二本奪われてしまった。


 買ったばかりの青い剣は地面に落ちてしまい、仕方なくハラディンが背負う。


 そんな気遣いを無視してメーデゥは肉を交互にかぶりついていく。


 目だけはキョロキョロと動いて周囲を見ている。まるで食事中に襲われることを警戒しているような動作だ。


 音を拾おうとして犬耳が動きそうになったので、ハラディンは頭を抑える。


「シャーーーッ!」


 それが気に入らなかったのか、食べる手を止めて威嚇の声を上げた。


 魔物の霊力に飲まれかけている。


 ようやく事態の重さに気づいたハラディンは正気に戻すため、自らの霊力をメーデゥに流し込む。


 お互いの力が反発し合った。


 とっさに離れようとしたメーデゥを抱きしめると、路地裏まで連れて行く。頭を掴んで壁に押しつける。


 大人が一人、体を縦にして通るのがやっとなぐらいの幅だ。ゴミを漁るネコぐらいしかいない。


 ようやく他人の目から解放された。


 さらに大量の霊力をメーデゥへ入れていく。


「気持ち悪い!」


 足をバタバタとさせながら抵抗しているが、ハラディンはびくともしない。両手に持っている肉を捨てれば抜け出せるかもしれないが、そのようなことはしなかった。


 知能、理性といった類いは著しく低下していて、魔物の本能でしか動けないからである。


 しばらく同じ体勢を続けていると、次第に足の動きが弱くなって力なくだらりとたれた。


 ハラディンは送り込み続けていた霊力を止める。


「……ごめんなさい」


 瞳孔が元に戻っている。


 霊力をぶつけたことによって正気を取り戻したのである。


「気にするな。何も問題ない」


「でも……」


「また魔物の魂に飲まれかけたら、同じ事をして意識を戻してやる。だから安心して付いてこい」


「いいの?」


「村を見つけるまで一緒にいる。それがお前との約束だからな」


 魔物に体を乗っ取られそうになっても離れていかない。


 変わらない態度がメーデゥにとって、たまらなく嬉しかった。

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