第41話 プルペルは勝てるか?

「何が起こったんだ?」


「あれは曰く付きの武器とは聞いていたが……どうやら本物だったらしいな」


 驚いているクレイアの言葉にハラディンが答えた。


 曰く付き。


 迷信ばかりで実害のない物は多い。だが、中には本物がある。


 発動条件を満たしてしまうと使用者や周囲を不幸にする効果が発動されるのだ。


 パウル男爵が持ってしまった青い剣は、魔物付きの血が付着すると刀身に封じ込められた魂の怨念が使い手に流れ込んでいく。常人が耐えられる量ではないため、錯乱しその結果――。


「見捨てた俺が悪かった! これで許してくれッ!!」


 青い剣の刀身を自身に向けると腹を突き刺した。


 恨みに耐えられなくなり自害したのだ。


 大量の血を吐き出し、膝をつく。


「……すまなかった…………命令には…………逆らえ……」


 涙を流しながら手を上げて許しを請うていたが、青い剣を突き刺したままやがて力尽きて倒れる。


 貴族として生まれ、故郷を捨てて没落したが、また上流階級に入れた。これから輝かしい未来が待っていたはずなのだが、パウル男爵には訪れなかった。


 捨てたはずの過去に殺されたのである。


 襲撃犯であるクレアは突如として目標を失ってしまい動けない。

 周囲も似たようなものだ。


 自害という想像を超えた結末になって絶句している。


 その中でも冷静に行動できる男がいた。


「隙を作る。逃げろ」


 ハラディンは刀をしまうとパウル男爵に駆け寄った。脈を確かめて耳を胸に当てて死亡確認する。


「医者を呼んでくれ!」


 見守っているだけの人々に向かって叫ぶが誰も動かない。ザワついているだけで関わろうとしないのだ。下手に関わって責任を追及されるのがいやなのである。


 さらにふらつきながらもメーデゥが立ち上がり、半壊していた悪魔の仮面が壊れ落ちると、混沌が広がっていく。ようやく貴族たちも少女が魔物付きだと気づいたのだ。


「不吉な魔物付き! あの男と知り合いみたいだぞ!」


「こいつがパウル男爵を殺したんだ!」


「そうだ! 間違いない!」


「いったい誰が連れてきたんだ!?」


 リザードマンを倒すほどの男に立ち向かうような人間はいない。


 招待した人物を探す。


「俺は知ってるぞ! こいつだ!」


 控え室でボンドとの言い争いを見ていた男の一人がペイジを指さした。


 話していた場面を見られているため言い逃れは不可能である。


「ええ、私が護衛を雇いました。それが何か問題でも?」


 悪びれることなく堂々と言った。


 何が問題なのかまったくわからないといった表情をしているため、問い詰めようとしていた人たちは数秒ほど追及するのをためらってしまう。


 誰もがペイジを見ている。


 ハラディンがクレイアに目で合図を送る。


「この借りはいつか返す」


 小声で伝えると、彼女は窓ガラスを割って二階から飛び降りた。着地の瞬間に転がって衝撃を逃すと、立ち上がるのと同時に走り出す。警備はパーティー会場に集まっていたため外は手薄になっている。


 運悪く残っていた数人を赤黒い槍で突き殺すと塀を乗り越えて逃げ出す。


 そんな姿をハラディンは二階から眺めていた。


「犯人が逃げたぞ! 誰か捕まえろ!」


 貴族が命令すると生き残っていた騎士たちが外へ出て行った。クレイアを追いかけに行ったのだが、追いつくことは不可能だろう。


 パーティー会場に残ったのは商人たちが雇った護衛と貴族のみ。


 再びペイジへの追及が始まる。


「魔物付きを連れてきた責任、どう取るつもりなのか説明してもらおうじゃないか!!」


「パーティーの紹介状には、魔物付きを連れてくるなとは書いておりませんでした。ルールは破っておりませんので、責任を取る必要はないかと思います」


 暗黙の了解として貧民、奴隷、魔物付きを貴族の前に出すことは良くないとされている。わざわざ文面に残す必要がないほど知れ渡っているので、ペイジの言葉は貴族たちの神経を逆立てた。


「ふざけるな! そんな言い訳、通用するわけないだろ! もういい。誰かコイツを殺せ!」


 先ほどから一方的にペイジを責めている貴族の男が命令を出したが、誰も動かなかった。騎士が出払ってしまったので、戦える者は商人や上級平民たちが雇った生き残った数名の護衛のみである。


 彼らはリザードマンを倒してしまうほどの実力を持つハラディンに恐れをなして動かない。金や地位よりも命を優先しているのである。


「ぼっちゃんどうします?」


「ペイジを殺そうとすれば、あの男と戦わなければいけない。プルペルは勝てるか?」


「無茶を言わないでください。数秒で斬り殺されます」


「では戦うだけ無駄だな。私は今回の件を本部に知らせなければいけないため、帰らせてもらおう」


 元からペイジやハラディンと戦うつもりのなかったボンドは、パーティー会場から出て行ってしまった。


 貴族たちは止められない。彼が所属している商会に借金をしているからである。


 この行動が一つの流れを作ってしまった。


「我々を助けるためにリザードマンと戦ってくれました。貴族様を守った彼と戦う理由はありません」

 

 勝てないから戦わないとは言わず、もっともらしいことを言って他の商人たちも拒否し出したのだ。


 魔物付きを連れてきたのはペイジで護衛と共にこの場で処刑するべきなのだが、実行可能な人間がいない。裁く力がなければ、何を言っても意味をなさない。それが現実だった。

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