第22話 部屋の探索は?
宿の一階はエントランスと食堂が一体化した場所だが客は誰もいない。
昼を過ぎたあたりなので時間が悪いとも考えられるが、ペイジが選んだ宿はいつきても利用者が少ない。料金が高い割に食事や部屋の質が悪いからである。
一般客は誰も使わないようにされているのだ。
理由は簡単。ペイジが常連として利用していることからわかるとおり、社会の裏側で生きているような人間がターゲットなので目立たないようにしているのである。
ペイジが奥にあるカウンター前に立つと、備え付けのベルを鳴らす。
チリンと澄んだ音がして初老の男性がバックヤードから出てきた。白髪をオールバックにしていて筋肉はしっかりとついている。シワのないスーツのような服を身につけており年齢を感じさせない威圧感を放っていた。
「ペイジ様、お久しぶりですね。予定よりも数日遅れていたので捕まったのか、それとも死んだかと思っていましたよ」
「予想外のトラブルがあってね。護衛を変えるのに時間がかかったんだよ」
お互いに気心が知れているのか、親しみのこもった会話だ。仲は良さそうである。
ペイジは親指を立てると後ろの方に向けた。
初老の男性の視線がハラディンとメーデゥに移動する。
「少女はともかく、あのお方はヤバイですね」
「それほどか?」
「彼が本気で暴れたら止められる人間が、この町にどれほどいるか……」
「ここには領主がいるんだぞ? 騎士も精鋭揃いだ。それよりも上を行くというのか?」
「間違いなく」
きっぱりと言い切られてしまい、ペイジは何も言えなくなった。
騎士は漏れなく霊力が高く強力な霊技を使える。一人いれば一般兵を百人集めても勝てるほどの力の差がある。精鋭であればそれ以上の開きがあるだろう。
そういった意味ではメーデゥも警戒する対象なのだが、霊力を垂れ流しているハラディンと違って隠しているため、彼女も騎士に匹敵する力を持っていることに気づけていない。
騎士は一般人から見れば化け物みたいな存在なのだが、森で拾った男はさらに上を行く。下手に怒らせたらマズイとわかり、ペイジはさらに丁寧な対応を心がけようと思った。
「わかった。扱いには気をつけよう」
「それがいいかと。それでお部屋はどうしますか?」
「二部屋だ」
「男性二人、女性一人ですかね?」
外套で体を隠しフードをかぶっているが、髪の長さからしてメーデゥが女性だとわかる。
性別で部屋をわけるのだと判断して質問したのだ。
「いや違う。俺と、それ以外だ」
「かしこまりました」
ハラディンとメーデゥが他人に近い関係であれば、ペイジは三部屋用意する。それをせず同室に泊まらせるのであれば、それなりの事情があると察せられた。
顔を隠していることも初老の男性の興味をひいたが深く踏み込んでしまえば、騎士をこえる実力をもつ男に殺されてしまうだろう。
空いている部屋を確認してから鍵を取り出すと、初老の男性はペイジに渡した。
「物が盗まれても自己責任です。物を壊せば修理費を請求するのでご注意ください」
「わかったよ」
ペイジが振り返ると二人部屋のカギを投げた。ハラディンが空中で掴む。
「私は用事があるので出かけてます。明日の朝まで自由に行動していてください」
馬車に隠していた麻薬の原料を売りに行くため宿から出て行ってしまった。
護衛として同行させないのは信用できないからである。また仮に二人とも連れて行ったとして、メーデゥが魔物付きだと分かったら大きな騒動となる。
何度も取引している相手でもあるため、不確定要素さえ排除すれば安心できるとの判断であった。
「どうする?」
残されたメーデゥが顔を上げて聞いた。
目がキラキラと輝いている。はじめての宿に胸が高鳴っているのだ。
「荷物を置いて観光をするぞ」
「部屋の探索は?」
「それは夜にすればいい。外は明るいうちに見て回った方が楽しいぞ」
「そうする」
ぴこんと犬耳が立ちそうだったので、ハラディンはあわてて頭を手で押さえてから撫でる。遠目からでは仲の良い親子みたいに見えたことだろう。
部屋に貴重品と武具以外を置いてから二人は町中を歩く。
目的地は港だ。
メーデゥの生まれ故郷は山に囲まれた場所であったため、存在は知っているが見たことはない。
大きい水たまりとは、どのぐらいなのか。
本当に船は水に浮くのか。
舐めたらしょっぱいのか。
確かめたいことはいくつもある。未知なる光景に期待して心が躍るようだった。
「落ち着け。尻尾と耳が動いているぞ」
そんな気持ちに水を差したのはハラディンだ。感情と連動して動いてるのが気になったのである。
外套の下に隠れているので今は誰にも気づかれていないのが、立ち止まりでもしたら違和感に気づかれてしまうかもしれない。
せめて海を見せるまでは大人しくしてもらわなければ困るのだ。
「ごめんなさい……」
楽しかった気分が一転して暗くなってしまった。しょんぼりとしている。
優しい言葉の一つでもかけたくなるが、子供らしく無邪気に行動させるわけにはいかない。
「わかったならいい」
ぽんと背中を軽く叩くぐらいしかできることはなかった。
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