第2話 ぼばえ……
「俺の家はこっちだ。ついてこい」
門番の男が歩き出したのでハラディンも続く。
森に囲まれた村は小さい。すぐに目的地の家が見えてきた。
木で作られた家は色あせており、建ててから長い年月が経過していることを感じさせる。屋根の一部は修復したような跡があって、木の板が何枚か重ねられていた。
近づくと壁に隙間があるとわかる。
この地域は温暖な気候なので寒さで震えるようなことはないが、虫やネズミは簡単に侵入してしまうだろう。
お世辞にも快適とはいえない家ではあるが、門番の男はドアを開けると自慢げな顔をしながらハラディンを見た。
「ちょっと汚いが中は広いぞ。入ってくれ」
家へ踏み入ると、ほこり臭い空気が歓迎してくれたが、何日も体を洗っていない自分の方が汚いので気にならない。
部屋の中心にテーブルと椅子が四脚ほど置かれており、奥には粗末な石造りの台所があった。
門番の男は刀を壁に立てかけてから、台所にある鉄鍋を持つとテーブルに置く。さらに欠けたお椀と木製のスープも持ってきた。
ハラディンは鉄鍋を覗く。
肉と薬草がたっぷりと入っていた。
あまり美味そうに見えないが、空腹で倒れそうなハラディンにとってはご馳走に感じられた。
「冷めてはいるが腹は膨れる」
礼を言うのすら忘れて、椅子に座るとスプーンを手に取り鉄鍋から肉を取り出す。
筋があって固そうではあるが、塩や森で取れた香草が入っているので匂いは良い。さらに食欲を刺激されて口の中に唾液が広がる。
最初の一口は、しっかりと味わって食べよう。
そんなことを思いながらハラディンは口を開いた瞬間、ガチャガチャと金属音をさせながら一人の男が家に入ってきた。金属鎧を身につけており腰には片手剣と大ぶりのナイフがぶら下がっている。
「今月の上納分を回収しに来た」
門番の男性は怯えた様子だが、ハラディンは厄介事には関わりたくないと無視している。
それが気にいらなかったのか、男はテーブルを蹴って鉄鍋ごとひっくり返した。床にスープがこぼれてしまう。
「てめぇ、どこのもんだ?」
さらに持っていたスプーンを叩かれてしまうと肉までも床に落ちてしまった。
有り金を差し出してようやく食事にありつけたのに、すべてを無駄にされてしまったのだ。
その怒りは理性を瞬時に消し飛ばすほどである。
今後のことなんて考えられない。
静かに立ち上がるとハラディンは男を見た。
「数日ぶりの食事だったんだ。それを邪魔しやがったな」
「だ、だから何だって言うんだ? 俺は泣く子も黙るクノハ傭兵団にいるんだぞ!」
戦場で鍛え上げられた直感が、強者の雰囲気を感じ取った。
傭兵の男は二歩後ろに下がりながら大ぶりのナイフを抜く。
謝罪や補償でなく抵抗が選ばれた。
その事実がハラディンの怒りをさらに高める。
「傭兵ごときが調子になるな」
ナイフに対抗するべくスプーンを前に出した。
「ぷっ。それで戦うつもりか?」
食器で戦おうとする姿を見て、傭兵の男は嗤っていた。
一瞬でもハラディンが強いと思ってしまったことを後悔している。もう怯えはない。戦えば勝てるという根拠のない自信があった。
「俺にケンカを売ったこと、後悔しながら死ね!」
大ぶりのナイフが突き出された。
ハラディンは生物の魂から由来する見えない力――霊力でスプーンの強度を高めると上に弾いた。
あり得ない出来事に傭兵の男は腕を上げたまま、口を開けて驚いている。
「飯の恨みだ。簡単に許されると思うなよ。死んで償え」
がら空きの胸に白く変色したスプーンを突き刺すと、鉄を簡単に貫いて骨をすり抜け、心臓にまで到達する。
すぐさまハラディンは後ろに下がると、傭兵の男は口から大量の血を吐き出した。
床が真っ赤に染まる。
「ぼばえ……」
恨むような目をしながら腕を伸ばして、傭兵の男が足を一歩前に出した。
力が抜けてうつ伏せに倒れる。
「殺してしまった……」
絶望したような声を出したのは、村の門番をしていた男である。
ガタガタと体を震わせており顔色が悪い。
これから災厄が訪れることを確信しているような振る舞いだ。
「クノハ傭兵のヤツらが復讐に来る! どうしてくれるんだッ!」
この村は辺境の地にあるため、国の騎士や冒険者が訪れることはない。税の徴収すら忘れられているほどだ。
平和な日常が続き自給自足の生活をしていたのだが、数ヶ月前から傭兵団に支配されていた。
食料を無償で差し出したことで村人の食べられる量が減り、ときおり拠点からやってくる傭兵に暴力を振るわれているが死ぬことはなかった。辛いが生き続けることはできていたのである。
絶望しないギリギリのラインでだったのだが、ハラディンが傭兵の男を殺したことで危ういバランスは崩れてしまった。
二度と逆らう気が起きないよう、必ず制裁が来る。
もしかしたら村は滅びてしまうかもしれない。
運命はボロボロの服をまとった男にあった。
「飯をくれれば、全員殺してやる」
「相手は数十人もいるんだぞ?」
「俺は数千の魔物に囲まれても生き延びたことがある。その程度なら寝てても勝てるぞ」
先ほど見せた短い戦闘は、ハラディンの言葉に真実味を持たせるには十分だった。冗談や嘘だと笑い飛ばせない。
普段は使わない頭を必死に回転させて門番の男はどちらに付くか考えるが、時間をかけることは難しそうだ。
外から傭兵団にいる男の声が聞こえてきたのだ。
家に入られてしまえば弁解しても制裁は必死。であれば、目の前にいるみすぼらしいが、確かな実力を持つ男に頼るしか生き残る道はない。
「好きなだけ飯を食わせてやるから、外にいる傭兵もまとめて倒してくれ!」
「約束は守れよ?」
「もちろんだ」
門番の男は、うなずきながら肯定した。
ハラディンはフッと笑ってから壁に立てかけられた刀を取ると外へ出る。傭兵との第二ラウンドが始まろうとしていた。
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