裏切られた霊力使いの最強剣士は、拾った魔物付きの少女を弟子にしたら育てすぎてしまった〜二人は幻の理想郷を目指して旅をする〜

わんた@[発売中!]悪徳貴族の生存戦略

第1話 他に何も持ってないだろうな?

 森をさまよっている男――ハラディンは、もう三日ほど何も食べていない。


 身にまとっている外套は枝を引っかけたのか破け、穴が空いている。髪は手入れをされておらず伸び放題。表情が読み取れないほどの無精ひげが生えており、みすぼらしい見た目だ。


 背負い袋はずいぶんと前から何も入ってない。水袋ですら空だ。腰に付けた巾着には数枚の硬貨は入っているが、宿で泊まろうとするには足りない。町に入ったとしても満足な暮らしは出来ないだろう。


 そんななか唯一、腰にぶら下がっている刀だけは手入れがされていて、一級品に見える。誰が見ても大切に扱っているとわかった。


「腹が減った……」


 近くに流れていた川で小魚を捕ろうとしたが、数時間ほど挑戦しても一匹も捕まえられずに断念していた。空腹を紛らわせるために大量の水を飲んだが、そのせいで胃がたぷたぷと揺れている。


 塩をたっぷりとつけた分厚い肉が食べたい。焼き魚でもいい。タンパク質を摂取したいと、ハラディンは妄想の世界に逃げて空腹を忘れようとしているが、残念なことにあまり意味のある行為ではなかった。


 ぐぅ~と音が鳴る。


 妄想の世界から引き戻されたハラディンは、目の前に広がる木々を睨みつける。


 食用に適した動物を探しているのだ。


 物陰に隠れていないか必死に探しているが、全身から殺気が漏れ出しているので近に動物がいても逃げ出してしまう。


 残念なことにハラディンは気配を消す技術に長けてないため、狩りの成功率はゼロだ。


 戦闘は得意なのだが気配を消して行動するのは苦手で、全く向いてないのである。


 フラフラと歩きながら数時間が経過した。


 急に視界が開ける。


 数十メートル先に、木の柵で囲われた村が見えた。


 時刻は昼。畑仕事に出ていて男どもの姿はほとんどない。数人の女性が洗濯かごを持ちながら歩く姿が見えた。


 数日ぶりに人類と出会えた。

 感動に震えるハラディンは走り出して村の入り口に近づく。


「動くなッ!!」


 人口が数十人程度の小さな村なのに門番がいた。


 二メートルの距離で立ち止まる。


 ショートソードの切っ先をハラディンに向けて警戒しているが、構えからして戦いに離れてなさそうである。


 腰にぶら下がった刀を抜けば近づかずに殺せるだろうが、両手を挙げて無抵抗を選ぶ。


「腹が減っているんだ。僅かだが金はある。何か食べ物をもらえないか?」


「…………冒険者や騎士じゃないよな?」


「まさか。森で遭難しただけだ。もう数日は何も食べてないんだ。助けてくれないか」


 門番の男はハラディンを上から下までじっくりと見た。


 外套の下に着ているチェニックは古くさく、穴が空いている。何日も水浴びすらしてない様子で体臭が酷い。先ほどの言葉に嘘はないと感じたが、どうしても腰にぶら下がっている立派な刀が気になってしまう。


 あれを振り回されたら、門番の男では止められない。


「武器を預かって良いのなら、入ることは許可する。どうする?」


 安全のためとはいえ、人によっては逆上してもおかしくはない発言だ。


 緊張しながらも返事を待つ。


「そんなことでいいのか」


 要求に対して何も感じてない様子で、刀を鞘ごと抜くと放り投げて門番の前で落ちる。あまりにも雑な扱いだ。


 盗まれたらどうするんだと思いつつも刀を拾う。


「他に何も持ってないだろうな?」


「もちろん」


 ハラディンは背袋を地面に落とし外套を外して、何も隠してないことをアピールした。


 ショートソードを構えながら門番の男は近づくと、腰回りを叩いて何も持っていないことを確認する。さらに全身をペタペタと触り続ける。


 入念に調べて本当に何も持っていないと確信すると、ようやく警戒を解いてショートソードをしまった。


「村を出るときに武器を返す。それでいいか?」


「ああ。問題ない」


 耐えがたい空腹が続いているため、細かいことなんてどうでも良いといった様子で、刀を放置したままハラディンは村の中に入っていた。


 フラフラと左右に揺れながら店を探すが、民家ばかりだ。


 森に囲まれた辺鄙な村に訪れるような人間は少ないため、彼が求めているような飯屋は存在しないのである。普段であればすぐに気づいただろうが、極限状態にある今は細かいことに気が回らず、あてもなく歩き回っている。


「おい! 止まれって!」


 声が聞こえたので、ハラディンは振り返ると先ほどの門番がいた。


「腹が減ってるんだろ? 俺の家で食わせてやる」


「……いいのか?」


「対価をくれるのならな」


 といって、門番の男は親指と人差し指でわっかをつくった。


 金をよこせと言っているのだ。


 当然の要求であるため、ハラディンはうなずくと腰に付けていた革袋を投げ渡した。


「おいおい。財布ごと全部渡せとは言ってないぞ」


 とは言いつつも中身は気になる。


 革袋を開いて覗いてい見ると銅貨が三枚入っていた。


「軽かったからまさかと思っていたんだが……これが全財産なのか」


「足りないか?」


「一食なら充分だ。朝飯の残りで避ければ好きなだけ食べろ」


 銅貨三枚なら串焼き一本返れば良い程度だ。


 本来なら好きなだけ食べられるほどの金額ではないのだが、誰も訪れず貨幣を手に入れにくい農村であるため、少しでも金が手に入るなら多少の損はしても良いと門番の男は思っていた。


「それは助かる」


 ようやくハラディンは笑った。


 見た目からは想像できない白い歯が見える。


 門番の男は、最初に感じた世捨て人という印象は少しだけ薄れていた。



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【あとがき】

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