第16話 どこに向かっているんだ?

「良いだろう。町に入れてくれるなら護衛をしてやる」


 納得したハラディンは刀を納めた。


 交渉がまとまったと安堵した商人が口を開く。


「ありがとうございます。私はペイジ。見ての通り禁制品を密輸入するのが仕事です」


 信用を得ようとして、あえて嘘をつかず違法取引していると伝えた。


「俺はハラディン、連れはメーデゥだ。仕事は……」


 あてもなく大陸中を旅しているハラディンに仕事なんてない。たまに町で小銭を稼ぐことぐらいしかしてないので、言いよどんでしまったのだ。メーデゥも魔物付きだから同様だ。まともに働いた経験はない。


「ないが、魔物や人間を殺すことが得意だ」


「そ、そうですか」


 まさか暴力を自慢して脅されるとは思わなかったと、ペイジは口が引きつっていた。


 裏切れば魔物のように殺すぞと警告されているようで、まだ信頼を得られてないと感じる。護衛だった男のように殺されないようにするため、今後も慎重に行動しようと決心した。


「私は出発の準備をしたいと思います。少しお待ちください」


 無理やり笑顔を作ったペイジは荷物をロバに近づくと、ハラディンによって地面にばら撒かれた商品を拾うと無事な袋に詰め込んでいく。


 メーデゥが隣に来てしゃがみ込んだ。


 ペイジはぎょっと目を開いて警戒してしまう。心臓に悪い。


 近づくなと言って殴りそうになったが、ハラディンのことを思い出して止める。


 表面上は平静を装うことに成功したのだ。


「手伝う」


 地面に落ちた麻薬の原料を丁寧に拾い上げると、メーデゥは袋に詰めていく。文句を言わずに淡々とこなしていて、労働力として考えれば合格点を上げてもよい。


 禁制品に対する嫌悪感はなさそうなので、魔物付きじゃなければ見習いとして雇って良かったかもと、ペイジは少しだけ彼女の評価を上げたのだった。




 二人が地面に落ちた荷物を拾って終わると、ロバを歩かせて出発する。


 商品の仕入れは終わっているため帰宅途中だ。向かっている場所は大陸の東部にある港町。南の方に進んでいはずなのだが、地図すら持っていなかったため、ハラディンたちは間違った方角を進んでいたのである。


 貿易が盛んであるため人の出入りは多い。また密入国者も多数いるため不審者の一人や二人増えたところで誰も気にしない。


 商人のペイジだけではなく二人にとっても都合の良い町だが、少し遠いのが問題であった。


 森を抜けるのに二日、そのあと平原を三日ほど歩いても着かない。


 人目に触れると不味いので、メーデゥは外套で体を隠した上でフードまでかぶっているが、身体検査をされてバレてしまうだろう。


 外壁に囲まれているので、裏口からの侵入なんて不可能だ。


 侵入方法が気になったハラディンは、今後の計画についてようやく確認することにした。


「どこに向かっているんだ?」


「懇意にしている村ですよ。そこに馬車をおかせてもらっているんです」


「直接、バックスの港町に行くんじゃないのか」


「違います。禁制品を扱うならそれなりの準備というのも必要なんですよ」


 数日共にしたことでペイジとハラディンは、気軽に会話できる程度には少し打ち解けていた。


 一歩離れた場所でメーデゥはその姿を監視している。特殊な生い立ちから何度も裏切られることを経験しているため警戒しているのだ。


 共に行動する仲間であるため、手伝うことはするが心は開かない。


 そういった距離感を取っているのである。


「それにしてもハラディンさんの教え方は、すばらしいですね。素人の私ですら、メーデゥさんが成長しているのがわかります」


 バックス港町に向かう途中でも戦いの技術をメーデゥに仕込んでいた。足さばきや剣の振り方といった基礎的なものばかりだが、戦いに必ず使うため手は抜けない。何度も繰り返し訓練させている。


 特別変わった教え方をしているわけではないのだが、魔物の魂が混ざったことにより人間よりも身体能力が高く、また彼女本人に才能があったため、教えてもらった技術はすぐに吸収して自分のものにしている。


 それをペイジは、ハラディンがすごいと勘違いしているのだ。


 実際に褒め称えるべきはメーデゥである。


「仮に教え方がよくても、本人にやる気と才能がなければ身につかない。俺だけの力じゃないさ」


「確かに! メーデゥさんも素晴らしい才能をお持ちですね」


 ペイジに褒められても嬉しくはないのだが、ハラディンに才能があると認められ、メーデゥは外套の中に隠した尻尾を揺らして喜んでいた。


 戦い方を教えるときは厳しいが、それ以外は人間として普通に接してくれる。ペイジのように差別心を隠している様子もなく、対等な相手として扱ってくれているのだ。


 一生手に入らないと思っていた友人ができてしまった。その幸運を逃したくないと思うのは当然であり、邪魔する存在は決して許さないという覚悟を決めるのも自然だろう。日に日に執着心が高まっていく。


「お世辞はいいから村にはいつ着くんだ?」


「もうすぐですよ、ってほら! 見えてきました!」


 丸太で作られた柵に囲まれている村があった。


 人口は百人ぐらいの規模だろうか。ハラディンが傭兵団と戦うきっかけになった村と規模としてはあまり変わらない。ただ人が訪れやすい場所にあるため、閉塞感はなさそうだ。

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