第39話 だって、どうする?

 クレイアを倒すべく、メーデゥが走る。


 赤黒い霊力で作られた槍が数本飛んできた。


 一本目は青い剣で弾いて軌道を変え、同時にくる二本目、三本目はスライディングで回避、立ち上がりながら小さく跳躍して四本目をやる過ごすと、着地と同時に前へ飛ぶ。背後に数本の赤黒い槍が床に刺さった。


「その動き、人間ではないな。魔物付きか」


 少し動きを見ただけでメーデゥの正体を看破したクレイアだが、侮蔑の感情はなかった。あるのは哀れみといったものだろう。


「だからなに?」


 間合いに入ると青い剣を横に振るう。


『霊壁』


 クレイアの横に霊力で作られた壁がせり上がり、攻撃を止めた。


 どんなに力を込めてもヒビすら入らない。非常に強固だ。メーデゥは身体能力、武器強化に使っている霊力の量を増やすと、全身にうっすらと青と黒がまざったオーラのようなものが出現した。


 魔物付きが霊力を扱えるだけでも珍しいのに、基礎技術をしっかりと身につけている。独学でできることではない。


「霊力の扱いを誰に学んだ?」


 興味を持ったクレイアが聞いたが、メーデゥは答えない。邪魔をする『霊壁』を破壊することだけに集中して周りが見えないのだ。


 メーデゥの横に赤黒い霊力の塊を出現させると、横っ腹にぶつけて吹き飛ばす。


 不意の一撃をまともに受けてしまったため、青い剣を手放し壁にまで叩きつけられてしまう。衝撃によって仮面が大きくひび割れて半壊してしまう。


「ゴフッ、ゴフッ」


 内臓が傷ついて口から赤い血が大量に出た。気絶しそうな痛みが全身を襲い、戦意を挫こうとしてくるが、メーデゥは負けない。


 命の危機を感じ取った魔物の魂が、体の主導権をよこせと叫ぶ。


 理性が吹き飛びそうだ。意識が薄れていく。


 心が負けてしまいそうではあるが、ようやく未来に希望が持てるようになったのだ。こんな所では負けられないと、気迫だけで耐えて立ち上がる。


「その目、魔物の魂が暴走しかけているな」


 命の危機を感じ取って体を乗っ取られそうになっているのだ。一度明け渡してしまえば元に戻るのは難しい。


 技術を与えた存在は気になるが、どうしても聞き出したいほどではない。


 さっさと殺して慈悲を与えようとするクレイアが赤黒い槍を放つ。


 途中で細切れになってしまった。


「もうリザードマンを殺したのか?」


 いつの間にかメーデゥの前にハラディンが立っていた。


 刀は鞘に収まっているが、手を添えて構えている。


「あの女を相手にして良く戦った。あとは俺に任せろ」

 

「師匠……」


 助けて欲しいときに誰も手を差し伸べてくれなかった。それが当たり前の世界で生きていたメーデゥにとって、頼れる背中は魔物の魂を鎮めるには十分な効果があった。


 もう、一人ではない。


 安心してしまい力が抜けて座り込んでしまった。


「強い子だと思ってたけど、ハラディンが教えていたなら納得だ。相変わらず才能を伸ばすのが得意みたいだね」


 パチパチと手を叩きながら周囲に赤黒い槍を浮かべて放ち、近づいてきた騎士を突き殺す。


 鬼の仮面を付けていた襲撃犯は全滅している。騎士や護衛たちは生き残っているが、先ほどの攻撃で怯えて動けない。


 貴族が戦えるはずもなく、パーティー会場はクレイアとハラディンだけの戦場となっていた。


「お前は変わりすぎたな。まさかリザードマンを連れてくるとは思わなかったぞ」


 故郷を滅ぼした相手を利用したこと非難するような目で見ている。


「でも効果的だった」


 否定はできない。


 ドラゴン族の登場によって会場が混乱してしまい、他襲撃犯への対応が遅れてしまったからだ。


 さらにハラディンが対応に時間が取られてしまい、多くの騎士や護衛たちが倒れてしまった。


「ねぇ、パウル男爵を殺したら帰るから見逃してくれない?」


 これはハラディンだけに言ったわけではない。


 この場にいる全員に対する取引だ。


 生け贄を差し出せば死ぬことはない。


 視線がパウル男爵に集まる。


 死ね、死ね、死ね、死ね、死ね。


 口に出すまでもなく伝わった。


「いやだ! 俺は死にたくない! お前、さっさとあの女を殺せ!」


 クレイアを指さして叫んだ。


 彼女、そして対峙しているハラディンが同郷だと気づけていない。


 過去、国のために死ねと命令した相手ではあるが、もう忘れてしまっているのだ。


「だって、どうする?」


 戦意を大きくそがれたが、ハラディンは構えを解かない。


「お前を止める」


「なんで? そんなにパウル男爵を助けたいの?」


「いや。アイツの命なんてどうでも良い。俺は君を貴族殺しにしたくないだけだ」


「そっか…………ありがとう」


 ふっとクレイアの顔が緩んだ。


 目の前にいる男は本当に何も変わっていない。袂を分かった人間ですら、まだ仲間だと思っている。情が深い。


「もう手遅れだよ。大陸にきてから私たちを見殺しにした貴族を何人も殺してきた」


 復讐に走る前であれば、説得されて良かったかもしれない。しかし今のクレイアは、国を捨てて逃げ出した貴族、豪商を何人も殺している。


 既に手は真っ赤になっていて汚れてしまっているが、それでもハラディンの考えは変わらない。


「だからなんだ? これ以上、手を汚させる理由にはならんぞ」


 汚れているから、さらに汚れてもいいなんて考えはおかしい。そう否定したのだった。

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