第9話 本当? 嘘じゃない?

 朝食を食べ終わった二人は数日間、傭兵団が住み着いていた家に滞在すると決め、死体の処分を始めた。


 村に行っても魔物付きとして迫害されるため、もう戻ることはない。ハラディンは報酬を受け取り損なったことになるが、新しい仕事を請け負ったので諦めるしかないだろう。


 地面に穴を掘って死体を埋める作業は二日かかった。


 その間、無事だった二階の部屋を寝室として使っている。


 クノハ傭兵団が溜めていた備蓄は大量にあったので、二人は食事に困ることはない。


 快適に過ごせる環境を整えると、翌日にハラディンはメーデゥを連れて外へ出ることにした。


「今日はお前の霊力を測る。これを持ってみろ」


 投げ渡されたのは短剣だった。シンプルなデザインで装飾は一切ない。刃は丸まっているので触っても皮膚すら裂けないだろう。ペーパーナイフぐらいの使い道しかない道具だ。


「これで狩りをする?」


「なんでそうなる……」


 魔物付きに常識を期待したのが悪かった。ハラディンは何も知らない子供だと思って接する。


「魂が発する見えない力、霊力を調べる道具だ。柄を一分ほど握れば刀身の色が変わる」


「そーなんだ」


 刀身をペチペチと叩いていたメーデゥは柄を握った。


「これであってる?」


「ああ。そのまま待ってろ」


 二人ともじっと短剣を見る。

 銀色だったのが、時間の経過と共に黒と青の斑色に変わる。


 くすんだ色合いでお世辞にも綺麗とは言えない。


「これ、どうなの?」


「普通、霊力は一色なんだが、魔物付きの場合は二色になる。胎内で魔物の血と共に魂の一部を取り込んでしまったからしいが、それ以上のことは誰もわからん」


「ハラディンは何色?」


「白だ」


「綺麗」


 メーデゥが褒めたのに、ハラディンは首を横に振って否定した。


「霊力の色は、魂が何かを得ていくと色が付く。白ってのは何も持っていない、無だ。俺は綺麗だとは思わないな。メーデゥの方が霊力の色は綺麗だぞ」


 褒められたので、メーデゥは再び斑色になった刀身を見た。なんだか先ほどより色は濃くなっている。


 特に黒はすべての光りを吸収してしまうんじゃないかと錯覚するほどの濃さだ。


 見ているだけで恐ろしい気配を感じる。


「想像していた以上に色が濃いな……。喜べ、お前の霊力は非常に高い。技術さえ学べば一流を超える霊力使いになれるぞ」


「すぐになりたい。どうすればいい?」


 生まれてからずっと力を求めていたメーデゥは、霊力が高いことに喜んでいた。早く自由に使えるようになり、すべての理不尽から自分を守りたい。そのためならどんな苦労でも受け入れるつもりだった。


「俺が教えてやる」


「本当? 嘘じゃない?」


 一方的に施してもらっているだけで自分は何も価値を提供していない。あまりにも都合の良い提案であるため、メーデゥは目を細めて少しだけ疑ってしまった。


 よく考えればハラディンは成人した男性だ。


 女性に優しくする理由なんて一つしかない。もしかしたらこれから対価として体を求められてしまうかもと、メーデゥは身の危険を感じて自分自身を抱きしめながら後ろに下がる。


「そんな目をするなよ。俺は何もしないぞ」


「嘘。優しいふりして襲おうとするんだ。そういう男、いっぱい見てきた」


「そんなことはしない。魔物付きの村に連れて行く約束は守る」


「言葉だけじゃ信じられない」


「じゃあどうすれば信じてくれるんだ?」


「わかんない」


「わかないか……」


 今のメーデゥの直感は信じていいと言っているが、過去の経験がどうしても邪魔してしまうのだ。解決するためには言葉だけでなく、行動も必要となる。


「じゃあ、これをやる」


 腰に付けていたナイフを放り投げた。


 空中で受け取ったメーデゥは鞘から抜いてみる。翡翠色の刀身で反対側が見えるほど透明度が高い。


「これはグリーンドラゴンの牙を加工して作ったナイフだ。鉄も簡単に斬り裂けるほど鋭く、乱暴に使っても刃がこぼれることはない。俺の戦友が大切に使っていた形見だ。それをやる。俺が信じられなくなったら、心臓に突き刺してくれ」


 本心で言っているか確かめるため、メーデゥはナイフを向けながら近づいた。


 ハラディンは動かずにじっと目を見ていると、切っ先が彼の左胸に当たる。


「私が刺すと思っている?」


「そんなこと聞くヤツは刺さない」


「…………」


 切っ先が少しだけ前に移動した。


 ハラディンの服と皮膚を貫いて出血するが、動こうとしない。


「これでも私を信じる?」


「もちろん。この場で殺されても考えは変わらない」


「…………試してごめん。もう疑わない」


 殺されるかもしれない状態でも、襲うようなことはなかった。それどころか魔物付きであるメーデゥを信じて、身を任せている。


 これほどの覚悟を持った人間は見たことない。


 ナイフを引っ込めたメーデゥは鞘にしまうとハラディンに返した。


「信じてくれたのであれば、さっそく霊力が使えるように訓練をつけてやる。使いこなすのに時間はかかるだろうが、基礎だけなら数日で身につくぞ」


「すぐに教えて」


 先ほどと変わって期待に満ちた目をしている。


 感情がコロコロと変わるのは子供の特権だなと感じながら、ハラディンは霊力の扱いについて説明を始めることにした。

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