第10話 強くなれるんだ

「霊力を活性化させれば身体能力の強化ができる。これが基礎の第一歩だ」


「二歩目は?」


「接触している物体に霊力を移して強化する方法だな。メーデゥが色を変えた霊力測定用のナイフみたいなことを、意識的にできるようになれば合格をあげられる」


「三歩目はある?」


「ない。基礎は二つだけだ」


 霊力を別の形に変えて放出するといった使い方はあるが、それは応用編である。技術をに身につけるには時間がかかる。この場では教えられない。


 また剣の扱い方も学んでもらわなければいけないため、それらは旅をしながら少しずつ覚えてもらう予定だ。


「でだな、一歩目を踏み出しやすくするために必要なことがある」


 ハラディンは刀を抜くとメーデゥに向けた。


 切っ先が目の前にある。


「怖かったら止めるが?」


「信じるって決めたから。やって」


 出会って数日しか経ってないのに、刀を向けられても動揺しない。


 固い絆みたいなものを感じたハラディンは小さく笑った。


「いいだろう。早速やってやる」


 刀から白い霊力が放たれ、メーデゥを包み込んだ。攻撃ではないため外傷はないが体内に侵入してくる。追い出そうとして彼女の霊力が自然に反発した。


 力がぶつかり合って、嫌でも霊力という存在に気づいてしまう。


「なに……これ」


 体が熱い。燃えているようだ。全身から汗が流れ出て呼吸するのも辛い。頭がフラフラして立っていられなくなり、メーデゥは座り込んでしまった。


「他人の霊力を弾き出そうとして熱を出しているんだ。この感覚を死ぬ気で覚えろ」


「わか……った」


 熱で意識が脆うとしてきたが気を失うわけにはいかない。霊力が体内でどのように動いているのか、そしてコントロールできるのか確かめるために、意識を集中させる。


「体内から俺の霊力を出したら、再び入ってこないように受け流せ」


 霊力の動かし方なんて分からないメーデゥだが、必死に侵入してこようとする力を拒否する。


 意思の力が魂に伝わり、霊力を動かす。


 何かがカチッとはまった感覚がした。


 本人が一度でも存在を知覚してしまえば細かい動作は霊力がやってくれる。


 黒と青の斑色の霊力がメーデゥの体を覆い、侵入してこようとする白い霊力を受け流す。


「いいぞ。才能がある」


「本当?」


「こう見ても、軍の隊長として多くの新兵を鍛えてきたことがあるんだ。霊力の扱いに関してだけは見る目あるぞ」


 ハラディンは故郷の島に住んでいたとき、ドラゴン族の襲撃に対抗するべく結成された民兵の一番隊隊長をしていた。


 千以上の兵を鍛えてきた経験があり、その中でもメーデゥは群を抜いた才能を持っている。


 霊力の総量といい、素質だけで言えば英雄と呼ばれるクラスだ。


「よかった。本当に強くなれるんだ」


 小さい手をグッと握りかみしめるようにしてつぶやいた。


 誰にも受け入れてもらえず虐げられてきたため、生まれてからずっと抵抗するための力を渇望していた。メーデゥは早く霊力を自由に扱いたいと強く思う。


 刀から流れていた白い霊力が止まった。


 受け流す必要がなくなくなると、ハラディンが言うよりも先に体内で霊力を循環させる。


 体、心、魂が一致した。そうとしか表現できないほどの力があふれ出し、今なら何でもできそうだ。


 メーデゥは地面を殴りつける。小規模なクレーターができた。拳は痛めておらず何度殴っても疲れない。


「すごい。これが霊力」


 表情は変わっていないが、尻尾がブンブンと左右に動いている。


 誰が見ても喜んでいるとわかった。


「霊力を自覚してすぐに強化できるとは……才能というのは恐ろしいものだな」


 刀を納めたハラディンは、地面を殴りつけながら遊んでいるメーデゥを眺めながら今後の教育について今後の予定を組み立てる。


 霊力で基礎能力を強化していれば、そこら辺にいる魔物や人間には負けないだろう。数時間前に比べて生き残る確率はぐっと上がっているのは間違いないのだが、強敵と戦えるレベルではない。


 この世界の人間や魔物は個体による強さの幅が大きく、普通では考えられないほどの戦闘能力を持つものもいる。


 そういった存在に今のメーデゥが出会ってしまえば、未熟な内に殺そうと判断されてしまうだろう。


 強くするなら早いほうが良い。


 ここでは教えられることに限界があるため、ハラディンは予定を前倒しにして出発の準備を進めると決めた。


「修行の旅に出る。準備しておけ」


「わかった。待ってて」


 疑問を持たず素直に従ったメーデゥが家の中に入ると、ハラディンは身支度をするために湖に移動する。


 水面には一人旅を続けてろくに手入れをしていなかった顔が映っている。


 少女とはいえ女性と旅をすることになったので、身ぎれいにするべきだろう。


 翡翠色のナイフを取り出すと、水に映る自分の姿を見ながら刃を顎に当てる。ヒゲをそり始めた。


 ジョリジョリと音を出しながら、伸びっぱなしの毛が地面に落ちていく。さらに長い髪も切り落としていくと、ようやく埋もれていた素顔が見えた。


 別人だと思えるほどの美男子だ。


 表情の変化も伝わりやすくはなったので、今後コミュニケーションは取りやすくなったはずだ。


 あとは垢を落とすだけである。


 ナイフをしまって服を脱ぐと湖で顔と体を洗い、寝室として使っている部屋に戻ると、死体から剥ぎ取った綺麗な服を身につける。


 食料と水を詰めた背負い袋を持つ。


 メーデゥがやってきた。


「誰?」


 霊力を高めて身体能力強化すると飛びかかってきた。説明する時間なんてなく、ハラディンは応戦するしかなかった。

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