第19話 少し待ってろ

 しばらく進むと、天候が本格的に崩れて雨がパラパラと降ってきた。


 ロバを操作して街道から外れて止めると、ペイジは荷物が濡れないように布をかぶせて固定する。メーデゥが隠れている床もカバーされているため、出てきたとき、びしょ濡れになっていることはないだろう。


「手伝うことはあるか?」


「警戒してくれるだけで大丈夫です」


 視界が悪くなると野盗に狙われていても気づきにくい。ペイジは護衛の仕事をして欲しいと提案を拒否した。


「わかった。警戒に専念しよう」


 立ち止まった場所は街道から少し外れたところ。周囲は草原で見通しはよい。さらに人通りも多いので野盗が襲うにしては場所が悪く、襲撃を気にしても意味はなさそうだが……何事にも例外はある。


 数メートル先にいる馬車の地面がぼこりと盛り上がると、巨大なミミズが出現した。


 全長は二十メートル近くあり、太さは三メートルほどだ。久々の雨に喜んで地上に出現したのである。


 地中に含まれている微生物が主食で人間を食べることはないのだが、全身をくねらせて水浴びしているため近くにいる馬車を破壊してしまう。


 御者は素早く飛び降りて逃げ出していたので無事だが、客車にいた人間は外に放り出されて地面に転がる。誰も立ち上がらない。


「運がないですねぇ」


 離れて様子を見守るペイジは、馬車に乗っていた人々を残念そうな目で見ていた。


 生きるのに必死で見知らぬ他人を助けるほどの余裕はないのだ。誰も巨大ミミズに近づこうとはしない。


 被害に遭わないよう離れ、暴れ終わるのを待つだけである。


 地面に転がっている中年男性が巨大ミミズに押しつぶされ、血をまき散らす。

 

 逃げ切れたと安堵していた御者は、飛んできた馬車の破片に頭を貫かれて死んだ。


 悲惨な光景を見て誰もが目を背ける。


 護衛の仕事に専念していたハラディンだったが、被害が拡大し続けて我慢の限界を超えてしまう。


 足を一歩前に出した。


「……助けるつもりで?」


「雨対策は終わったんだろ? 体は冷えて寒いし、さっさと町に入りたい」


 だからミミズを倒す、そう伝えたのだ。

 

「そういうことにしておきますね」


 長年頼りにしていた護衛を一瞬で殺し、魔物付きの少女を人間のように扱う常識外の男は、無力な人々が死んでしまうのは嫌らしい。


 扱いは難しいが、弱みはある。付け入れられそうな隙を見つけて、ペイジは内心でほくそ笑んでいた。


「たすけてくれっ!!」


 足の骨が折れてしまい動けない男が叫んでいた。身なりは普通だ。着心地の悪いチェニックと丈夫な革で作られた靴を履いている。


 命をかけて助けても報酬なんてもらえないだろう。だから誰も動かない。


 巨大ミミズがのしかかろうとする。動けない男は目を閉じた。すぐに来るであろう強い衝撃がいつまでたっても訪れない。何が起こったのだ。気になってまぶたを上げる。


 刀を抜いたハラディンが目の前にいた。


 巨大ミミズは離れた場所で地面に横たわっている。体には一本の刀傷があった。


「追い払うから、少し待ってろ」


 意識を取り戻した巨大ミミズが、体を持ち上げて敵であるハラディンの方を向く。


 次の攻撃を警戒してすぐには動かない。

 様子を見ている。


 相手は小さい。さっきは油断しただけである。戦えば勝てそうだ。知能の低い巨大ミミズは誤った判断をして体を持ち上げる。


 二人まとめて押しつぶそうとしているのだ。


 応戦するためハラディンの持つ刀が霊力で強化されて白くなる。


 巨大ミミズの動きが止まると、体が小刻みに震えて後退した。


 本能が強大な霊力を察知して怯えているのだ。確かに見た目は小さい。だが、内包する力はドラゴンを超える。


 先ほどの強烈な一撃といい、勝てる相手ではない。雨が降っているからといって喜んでいるところではないと、巨大ミミズはようやく気づいたのである。


 頭の向きを変えると、出てきた穴に入っていく。


 圧倒的な力を見せつけ、本格的な戦闘をせずにハラディンは勝利したのだ。


 周囲は拍手をして褒め称える。メーデゥが見ていたら自慢げな顔をしていてことだろう。


 刀を収めたハラディンが振り返って、動けない男を見る。

 

「手当をしよう」


 馬車の木片を帆の生地を拾うと折れた箇所に当てて、足を引っ張ってから布でグルグルと巻いていく。


 痛みによって脂汗は浮いているが、歯を食いしばって叫ぶことはなかった。


 慣れた手つきで治療を終えると、ハラディンは立ち上がる。


「頑張ったな。あとは一人で大丈夫か?」


「もちろん……と言いたいところですが、バックス港まで離れすぎているので、ちょっと厳しいですね」


 力なく笑っているが、男はハラディンに直接助けてとは言わなかった。


 巨大ミミズから救ってもらった以上のことを求めるのは贅沢だと思っているのだ。


 馬車は壊れてしまったので折れた足で歩かなければいけないのだが、男の幸運はまだ続く。


「でしたら私と一緒に行きましょう。荷台が空いているのでおしゃべりの相手になってもらえませんか?」


 提案したのはペイジだ。


 ハラディンの好みにあわせようとして、いい人を装っているのである。


 そこに純粋な好意なんてない。商人らしく損得勘定で行動した結果であった。

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