第20話 兵の皆様にご迷惑をかける商売をしてないことが唯一の自慢でして
「ありがたいお話ですが、本当によろしいので?」
「もちろんです。さぁこちらに来てください」
商人は足が折れた男の腕を肩に乗せて御者台まで運んだ。
無事だった人たちは散らかった荷物を拾うと、雨に濡れないよう外套に付いているフードをかぶってバックス港町に向かって歩き始めた。休める場所がないため、みな先に進もうとしているのだ。
保険や国の支援なんて存在せず自助努力のみが求められるため、今回のような問題が起こっても他人に責任を取ってもらおうとはしない。淡々とやるべきことをやるだけの人間が多い。
だからこそ本人に自覚はないが、魔物付きであるメーデゥを助けようとしたハラディンは、やはり変わり者だと言える。あのとき、あの場面で、彼と同じように助けようとする人間は、大陸中に数人しかいないだろう。
「出発します!」
宣言と共にロバに鞭を入れると歩き出した。
雨によって地面は濡れているが、まだ状態は悪くなっていない。水分をたっぷりと含んで、ぬかるんでしまう前に距離を稼ぐため一行は急いで進む。
御者に乗っている二人は楽しく話ているが、ハラディンはフードをかぶりながら無言でいる。荷台をチラチラと見ながら、メーデゥがずぶ濡れにならないか心配しているのだ。
「動いている間であれば声を出して良い。何かあれば言うんだぞ」
「ありがとう」
思いのほか明るい返事があった。
暗く窮屈な場所に押し込められているのに気にしてないなのは、メーデゥはもっと辛い経験を何度もしてきたからである。荷台の床下に隠れる程度は苦にならないのだ。
心配事が減ったハラディンは安心して、周囲の警戒に集中することにした。
* * *
半日後、バックス港町について検問まちの列に並んでいる。
幸運なことに途中で雨は止んだため大きな事故は起こってない。
雨よけのカバーも外していて荷台の積み荷が、外からでも見えるようになっていた。
「次、こっちにこい!」
長い順番待ちを終えてようやくハラディンたちの番になった。
ロバを歩かせて門番の前で止まると、三人いる兵の中から一人が前に出てペイジに話しかけてきた。
「町に入る目的は?」
「ご覧の通り、小麦の販売です」
「それだけか?」
「あとは人生を左右する商談が一つございます」
ペイジがウィンクをして冗談っぽく言うと、口では負けてしまいそうだと兵は感じてしまい言葉での追及を止めた。
「中身を確認する」
荷台に回り込んだ兵が積み込んだ木箱を適当に選び、蓋を開けた。
小麦がたっぷりと入った袋が入っている。真ん中に入っている袋を取り出し、中に指をつっこんで舐める。
「確かに小麦だ。身分証明書を出せ」
「どうぞ、じっくりとご確認くださいませ」
両手で恭しく商業ギルドから発行された金属製のカードを、荷台から戻ってきた兵に渡した。
氏名、年齢、経歴等が書かれていて手配書を見比べている。
「うさんくさい見た目だが、指名手配はされてないようだな」
「兵の皆様にご迷惑をかけるような商売をしてないことが唯一の自慢でして」
手を擦り合わせながら商人は心にもないことを言った。
内心では兵たちを馬鹿にしているが、表には一切出さない。
下手に出て機嫌を取っている。
「小麦の販売なんてつまらん商売をしているんだから当然だ。町に入っても俺らを煩わせるような事件だけは起こすなよ」
「もちろんです!」
ペコペコと頭を下げたペイジは、荷台から降りてロバの手綱を引いて町に入ろうとする。
「おい。まて」
荷物を確認したのとは別の兵に呼び止められた。
「なんでしょう?」
「誰が入って良いと言った。調査はこれからだぞ」
悪意が伝わってくるような笑みを浮かべて、二人の兵が荷台に飛び乗った。
剣呑な雰囲気を感じたハラディンは刀に手を乗せる。
「手出し無用です」
ペイジに何もするなと言われてしまった。
荷台の床下に隠れたメーデゥが心配であるものの、騒ぎ立てたら町には入れなくなる。悩んだ末に刀から手を離して様子を見ることにした。
護衛が警戒を解くと、二人の兵は木箱をあけて中を乱雑に漁っていく。
「見つかったか?」
「ねぇなぁ。別の場所に隠しているんじゃねぇか?」
何かを探しているようだ。このようなこと過去に経験したことがなく、さすがにペイジの顔色も悪くなっている。
過去に数度バックス港町に入ったことはあるが、荷物を漁られたことは初めてなのだ。
まずは情報を集めようとして、最初に荷台を確認した兵に話しかける。
「今日はやけに検査が厳しいですね。何かあったのでしょうか」
「貴族様の集まるパーティーが開催されるから、検査を厳しくしろって厳命されてんだよ」
面倒だといいたそうにため息を吐いた。
事情を把握したペイジは、自分が疑われているわけではないとわかり心に余裕が出る。
周囲をキョロキョロとみてから兵に密着するほど近づいた。
「それでしたら、これで面倒な作業を終わらせませんか?」
手を握ると銀貨を数枚握らせる。
細かいことは何も言わないが、依頼内容はしっかりと伝わった。
「俺たちは三人いるんだが」
「存じておりますとも」
商人は先ほど握らした銀貨の二倍を渡す。
「わかってるじゃないか」
肩をぽんと叩いてから兵は荷台の方に行き、仲間と合流する。
少し言葉を交わすと荷台を漁っていた二人は飛び降りた。
ニヤリと口角を上げるとペイジを見る。
「さっさと行け」
黙って頭を下げてからロバの手綱を引くと、麻薬を乗せた馬車が町の中へ入る。
金でたいていの問題は解決する。
最近になって豪商たちの力が増してきた理由、それがハラディンにも分かった気がした。
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