第16話 お姫様と少女

「いったいなにがどうなってるだよ。塔の主がアンドロイドで。それも嬢ちゃんと同じ姿。しかもオリジナルだって? じゃあ、嬢ちゃんはあんたを元に作られたって言うのかよ? なんでわざわざそんな偉い人と同じじゃなきゃいけないんだ」


 探偵さんは驚いているのか、随分とよくしゃべる。見方を変えれば何かに怯えているようにも見えた。


「聞きたいことがたくさんあるのは分かっています。どこから説明したらいいのでしょう。まずはあなた達のことから話しましょうか」

「たちって。どうして俺も含まれる? 嬢ちゃんの話じゃないのかよ」

「いいえ。あなたもです。ここまで来たからには自覚してもらわなくてはなりません。自身のこと。そして世界の事を」

「おいおい。随分と大きく出たな。世界だって? スケールがでかすぎやしないか?」

「いいえ。大きくはありませんよ。この世界の事を知ってもらわなくては協力していただけないのです。よりよく世界を理解して頂く必要があります」


 話のスケールが大きすぎて、理解が追いつかない。このお姫様はなにを言っているのだろうか。しかし、反抗するのもバカバカしい。このまま大人しく話を聞いておきたい。


「まずはあなたの認識を変えさせていただきますね」


 お姫様が探偵さんに近づいていく。その行動に戸惑ったのか探偵さんは視線を少女とお姫様で往復させ続けている。そのふたりは同じ型なのだから自分と変わらない姿なのに。どうしてそんなにおどおどしているのか分からない。


「手を出して下さい」

「え、ああ。分かったよ」


 こちらを確認するように視線を送られたので少女は軽く頷いたので大人しく探偵さんは手を差し出す。お姫様はその手の平をまっすぐ線を引くように手首から中指の先まで自分の指を這わせた。


「な、なにを……」


 お姫様が指を這わせた部分が光り始める。ゆっくりと表面を覆っている皮膚が

横へスライドしていき、中身が現れる。それは少女と同じ機械仕掛けの身体。


「……は? なんで、どういうことだよっ! おいっ。なんで俺の手がこんなことになってるんだ」


 探偵さんが取り乱している。どういうことだ。なぜあんなにも取り乱す必要がある。そんなのじゃないか。


「手だけではないですよ。身体全部です。この街で暮らすみなさんには隠しているので知らないのは無理ありません」

「はぁ? 何言ってるんだよ……街のみんなってどういうことだよっ」


 探偵さんが声を荒らげているのを始めてみた。それくらいのことだと言うのか。


「どいつもこいつも人間じゃなくてアンドロイドだと。姫さんはそう言ってるんだぞっ!」

「ええ。もちろん理解していますよ。そのためにあなたに丁寧に說明しているのです。これまでおかしいと思ったことはありませんか? 例えば死んだ経験をしたはずなのに生きていたことこか?」

「そ、それがなんだって言うんだよ。確かに奇跡的に命を救われたことはあるさ。俺がアンドロイドだって言うのも納得しろって言うならするさ。けど、街のみんながそうだって? 気が狂ったのか。そんな馬鹿なことがあるはずないだろ。事務所の下のバーのマスターもいつも口うるさい服屋のおばちゃんも、お姉ちゃん言葉のおじさんも全部アンドロイドだとそう言うのか?」

「ええ。そうです。もっと言わせていただければ、この世界に住まう人間としてい生きているものは全てアンドロイドです。あなたも私も。もちろんそこの少女も。すぐに信じてくれなくても構いません。ゆっくり協力してくれる気になっていただければそれでいいのです」

「その言い方だと人間って……」

「はい。ご想像のとおりです。この世界には存在しません。はるか昔に滅んでいます」


 少女にとっての常識は探偵さんにとっての常識ではなかったらしい。お姫様の言葉に、何も言えない探偵さんは肩を落として何かを必死に考えている。


「嬢ちゃんはそれを知っていたのか?」

「ええ。常識。この世界に人間はいない」

「じゃあ、なんで人間の振りをして俺たちは生きてるんだ……?」


 少女はその質問に対する解答を持っていない。お姫様へ視線を向ける。


「それが最後の人間の願いだからです。私は彼にその想いを託されました。その願いを叶えるために私達を人間社会を再現しなくてはならないのです」

「なんだよそれ。意味が分かんないぜ。見知らぬ人の願いのために俺たちは生きてるっていうのかよ」

「ええ。そうです。驚くのも分かります。どう受け止めていいのかも分からないでしょう。しかし、しっかりと受け止めていただかなくてはならないのです」

「……なんでだよ。なんで嬢ちゃんをここに呼んだ? しかも今の言い方だと俺でなきゃいけなかったみたいに聞こえたんだが、なんでだ?」

「彼女には私達。管理者アドミニストレータと同じ力があのでる。私達も人手不足に悩まされています。徐々に数を増やしているのですけれど、その力を持つものは少ないのに加えてある程度の意識覚醒した者以外を仲間に加えるわけにはいかないのです。彼女はそれに該当します」

「意識覚醒? なんだそれは。それが答えになるとは思えなんだけどな」


 少女もその言葉を聞いたことはない。一緒にいた同型の仲間たちがセントラルに呼ばれず、少女だけが呼ばれたことに関係があるのだろうか。


「あなたには、その意識覚醒を促す力があるようなのです。そのための力を貸してほしい。そういうことです」


 探偵さんにそんな力が? それに自分の中にそんなことが起きている自覚は少女にはまったくない。


「ますます意味が分からない。俺がなんだって言うんだ。まったく身に覚えがないぞ。だからなんだって言うんだその意識覚醒ってのはよ」

「我々にも詳しくは分かっていません。アンドロイドがより人間らしく振る舞うために必要なことと、そう認識しています」

「なんだそりゃ。いい加減なもんだな」


 少女はお姫様と探偵さんの会話の隙間に足音が聞こえてひとり警戒を強めた。探偵さんは気がついていないみたいだけれどお姫様はその存在を最初から知っていたみたいだ。


「お姉さん。それくらいにいしてほうがいい。相変わらずのその男にいくら說明したって無駄さ。それよりも計画を進めないと限界リミットが近づいている。今回も限界だよ、諦めよう」


 お姫様そっくりだけれど、少年のモデルの彼がスッと現れた。


 探偵さん以外の三者はほぼ同じ顔。少女にとっては不思議でもないが探偵さんには衝撃だったみたいでうろたえ続けている。それが余計に探偵さんを強情にさせている気がする。威嚇しているのか肩越しに少年を見ている。


「なんだ、この口が悪い坊主は」

「はぁ。探偵さん。あなたは相変わらず口が悪い。姉さんのことを姫と呼ぶのなら僕のことは医師だ。それがこの世界での表の役割でもある。弟くんなんて呼ばないでおくれよ」

「お前みたいなやつが医師なのかよ。そのとやらの言葉が正しければ俺たちに出来ることはなさそうに聞こえるけど?」

「ちっ。ああ。そう言ってるんだよ。最初からこんな運頼みな計画は反対だったんだよ。それが理解できる頭があるならさっさとこの塔を去るがいいさ」


 医師と名乗る少年は探偵さんを追い払うように手で振っている。それに対してあからさまに嫌そうな顔をする探偵さんはふと自分の手を見つめてこう切り出した。


「なあ。とりあえず、この手を治して欲しいんだが」

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