第18話 だからこそ少女は

「そうよ。あの状況を見たから言える。なぜあれを放置しているの?」


 お姫様はそれが試練だと。世界のために必要なことだと言った。全ては歯車だと。門番もあの小さな小どもも。それを襲った対アンドロイド兵器も。自ら創造して、自らそれらを対峙させ争わせ、壊し、苦しめている。それが試練だとお姫様は言っているのだ。


 それがどうしてだか気分が良くない。


 探偵さんやお姉さんや服屋のおばさんや門番や小さな子どもの苦しむ顔を見たくないと、そう思ってしまうのだ。


「それが必要なことだからです。それが人間社会のあり方と私たちを造った人間がそう記録していたのです。私たちをそれを忠実に再現する必要がある。そのためにこの世界を維持しているのですから」


 お姫様は続ける。この世界の在り方を。人間がどうやって社会を構築し、繁栄し、そして滅んで行ったのかを。それは少女が知らない歴史の話だった。人間というものを知識としては知っている。でもそれを詳しく知る必要はないとされていた。もともとそう知識として組み込まれているのだ。


「それを再現したのがこの街なのです。街の外は戦争を繰り返していますがそれもすべて人間社会の再現。歴史上、争っている時間の方が長いのです。そして外敵からの侵略は街にとっても必要なこと。外敵による住民たちが危機感を覚え、弱い者から選別を受ける。そのことでより社会的構造として強固なものへとしていく。それが人間社会というものなのですよ」

「お姫様も知識でしか知らないものでしょう? それが本当かどうかも分からない」


 なぜ自分はこんなにも強気なのだろうか。これが意識覚醒の影響とでも言うのか。であればそれが起きたのはいつなのだろうか。考えても仕方がないことに思えたが気にはなる。


「随分と口答えするのですね。そんな個体は初めてです。その様子だと何かが気に食わないようですがおっしゃっていただいていいのですよ。それに協力いただけないのであればまた次の協力者が来るのを待てばいいだけです」


 あまり抵抗すると処分すると言うことなのだろう。


「何もすることがないと言うのに逆らうなというのもおかしな話だと思うのだけれど?」

「おや。これでは話になりそうもないですね。こちらの計画を話さないで協力しろというのがそもそも間違いだったようにも思えてきました。あなたも人間臭いところが出てきたのではないでしょうか」


 抵抗しているつもりなのに、なぜか嬉しそうにするお姫様に拍子抜けする。気を張っているこちらが間抜けにすら思える。少女はふてくされながらお姫様の問いかけを肯定も否定もしなかった。


「私たちが行っていることを見てもらいましょう。私は地下へ行きます。こちらは頼みましたよ」


 お医者さんにそう告げると少女へと手を差し伸べてくる。


「探偵さんが心配なのも分かります。しかし、弟を信じていただくしかありません。悪いようにはしませんよ。さ。それでは行きましょう。この世界の歯車のひとつを教えて差し上げます」


 仕方ないのでその手を取る。探偵さんとは違う小さな手。当然だが自分と同じ大きさの手。この手を取ることが正解なのか考えようとして止めた。今そうすることに何も意味がないと思ったからだ。


 ふたりはエレベーターへ向かう。探偵さんは修理中でこちらからは見えない。お姫様の言葉にも反応しなかったのでもしかしたら特別な状態にあるのかもしれない。まさか、勝手に妙ないじられ方をしていないか途端に不安になった。


「ふふふ。それにしても慣れないものですね。いくら製造の型がこれしか残っていないからという理由があるにせよ。自分と同じ姿のアンドロイドと対面し、その中身が少しずつ違うというのは」

「私からすればまったく別のものだと思ってるけれどね」


 エレベーターに乗り込みながら会話は途切れない。それは扉が閉まり下へ向かって動き始めても同じだった。


 常に同じ姿の仲間たちと行動していたのだ。それは当然だ。それに同じ姿で任務をこなすだけの存在だったのにも関わらず、ちょっとだけ違ったのだ。なにがどうってわけじゃない。でも、確かに任務を受け取ったときの機微がそれぞれあった。


「ふふ。やっぱりあなたは面白い個体なのかもしれないですね。それこそこれから会ってもらう子とは似たようなルートを通ってきたのに違うように思えるわ」


 気になるワードがいくつかったが、いちいち気にしていると話が進まなそうなのでいったんはスルーする。そんなことをしたことはなかったのに不思議なことだ。


「そう。アンドロイドと言っても全部違うのよ。それは確か」

「ほんとおかしな子ですね。もしかしたらあなたが何かを変えてくれるのかもしれないと期待もします。この終わらない、変化のない世界に。確かな変化を与えてくれるのかもしれないと。そう思います」


 お姫様の言葉を合図にしたかのようにエレベーターは地下へとたどり着いた。

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