第0.5話 街の光は生命の瞬き
少女が街へたどり着いたときのことだ。少女は戸惑っていた。目に映る光景があまりにも、知らない世界だったからだ。街は山に囲まれていて、そこまでの道のりは長く険しかった。それは夜だったのだけれど、山の上から見下ろした街の明かりは、キラキラしていて少女は思わず見惚れしまった。
明るいところを見たことがないわけじゃない。明るいだけの場所なら他にもいくつもあった。けれど、この街は違うと感じた。ひとつひとつの灯りが小さいのだけれど、それがいくつも合わさって大きな灯りへと変わっている。それはなんだか生きていると感じさせた。
アンドロイドは使えるか使えないかでしかない。使えるものは次の任務に向かうし、使えないものはその場で切り捨てられる。そうではない小さな光がそこには存在しているような気がしたんだ。
その光に誘われるように山道を通って現れた円形の街は壁に囲われていた。今に思えばセントラルの壁に比べて随分と低いものだったのだけれど、少女からすると補修され続けた壁と言うものが珍しかったし、見上げるほど高いただの壁というものは初めて見た。
少女が知っているのは巨大な建物とそれを拠点に使う兵器の数々。そこの人間の気配はない。いや、生命の気配がない。あるのはオイルの匂いと金属が混じった土埃。そして、四方から聞こえる銃声と爆発音。それは仲間たちと兵器たちが争っている音だ。それは死の色が濃く見える場所だった。
それに比べて目の間に広がる街は活気が満ちているように見えた。死とは遠い場所。こんな場所が世界にまだ残っているのだと知った。少女が得ていた情報にそんな存在を示唆するようなものはなかった。
「おい。嬢ちゃん。どうして外にいるんだ? 俺たちが嬢ちゃんみたいな存在を外に出すはずはないのだが……まさか何処かの壁が壊れているのか?」
街の門を守っているアンドロイドから声を掛けられた。外壁をぐるりと回っていたら見つかったのだ。
「違う。私は外から来た。山の向こうの向こう」
「はっ。そんな訳、無いじゃないか。この山の向こうは機会兵器で溢れているんだぞ。嬢ちゃんひとりでどうにかなる場所じゃない」
少女の言葉を門番は信じてはくれなかった。不思議に思いながらも少しだけ納得している自分に気がつく。
ここには少女のような戦闘アンドロイドがいないのだ。それは門番からも見て取れる。とてもじゃないが門番として優秀な型ではない。というか、少女が見たことがないアンドロイドだった。それに加えてとても貧弱に見えた。戦えないわけじゃないけれど、兵器を倒すには厳しいだろう。よくて相打ち。悪ければ突破されて街へと侵入される。
この街には戦う力がない。少女から見たらそれをありありと手に取るようにわかった。
「お姉ちゃん! お外は危ないよっ!」
「えっ。ちょっと、あなたはなに」
少女よりももっと小さい子どものアンドロイドが近寄って手を引っ張る。
「ははは。その子の言う通りだ。嬢ちゃんは早い所、中に入るんだな」
門番は少女を疑うこともなく壁の中へと受け入れようとしてくれたその時だった。
「あ、あれは? ふたりとも早く中へ……」
門番の声を遮るようにして鳴り響いたのは銃声だった。少女は視線をその銃声の方へと向ける。そこには対アンドロイド兵器の姿があって、街への侵入を試みようとしているのだ。門番はこいつらから街を守っており、街の外壁はこいつらの侵入を拒むためのものなのだ。
「あ、ああ」
小さい子どもは震えているだけで動こうとしない。いや動けないのだろう。植え付けられているのだ。やつらが自分を殺すために作られものだと、生まれたときから。
「逃げて」
その短い言葉を言い終わらない内に少女は駆け出す。あれをどうにかしなくては小さな子どもも、街もきっと破壊されてしまう。それが街の中から応援が来るまでの短い時間だったとしても見過ごすわけにはいかなかった。
持っていた武器はここに来るまでに壊れてしまった。すぐさま門番に近づくと携帯していた拳銃と大振りな剣を抜き取る。銃口が小さい子どもを向いたので牽制と照準をこちらへ向けるために数発、銃弾を放つ。
固い外装に弾かれてちっともダメージを受けていないが、対アンドロイド兵器は少女へとターゲットを切り替えたみたいに見えた。けれど……。
「いやぁぁぁ!」
小さな子どもが悲鳴を上げる。それに反応して兵器は即座に発砲。それは確実にその子どもの胸を貫いていた。しばらく必死にもがいていたがそれも次第に動きが少なくなっていって、その後にまったく動かなくなってしまった。助けるすべが無かったのは分かっている。それはいつものこと。
少女の中に奇妙な物が生まれた。仲間を殺られたときとは違う物。それがなんなのか少女には理解できずその時点では気にもとめなかったもの。
苦労して兵器を動かなくしたころ、街の中から門番の仲間と見られるアンドロイドたちが現れた。そこには今思えば黒服たちも混じっていた。そして彼らは少女を見つけると少女に狙いを定めた。
「おいっ。あの少女が銃を持っているぞ!」
そう叫んだのは誰だったのか。今思えば黒服だった気もする。であれば、それは仕組まれたものだったのだろう。
少女は逃げ回った。なぜ追われるかも理解できず。追ってくるものから武器を奪い、服を奪いながら。
そうしながら、どうして少女が死ななくてはならなかのか。どうしてこの街はあれだけの戦闘力を持ちながら門に配置しないのかを、そればかりを考えていた。
そうしている内に探偵と言う存在を知り、探しものを頼むことにした。それはセントラルだけじゃない。この街の秘密自体を。それが少女の望みだった。
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