第32話 混ざるもの。混ざれないもの

 エレベーターに乗ってさえしまえばてっぺんまで直行。前回もそうだったのだけれど。他に使っているアンドロイドはいないのだろうかと考えてしまう。黒服たちなんかはたくさんいるのに。エレベーターは使わないのか。そうなると管理者たち専用ってことになる。ホンモノのところにも黒服はいなかったので、本当にそうなのかも。


 余計なことを考えられるくらいには余裕がある。少女はそれを自覚しながら上昇していた。しかし、探偵さんのことについては決心がついていない。どの探偵さんを選んでも、どれかしらの探偵さんを失ってしまう。これからはそうならないために。そう思っても。踏ん切りはつかない。いっそのこと眠ったままにしてしまうっていうのも考えに浮かぶ。でもそれはダメだ。探偵さんにもこれからの先の世界を見てほしい。でも、どの探偵さんに見てほしいかなんて決められっこない。


 そうしている間にエレベーターはてっぺんへとたどり着く。こんなに何度もここに来ることになるなんて考えもしなかったことだ。それに待っていたのが自分と全く同じ姿の少女なんて。


 モニターがある部屋には誰もいなかった。探偵さんのところにでもいるのだろうか。階段を一段ずつ丁寧に降りていく。その足音には不安がまとわりついているようだった。


「お久しぶりですね。協力してくれると言う事でよろしいのでしょうか?」


 出迎えてくれたのはお姫様だ。わざわざ結構なことだ。前回は姿を現さなかったのに。お姫様の後ろに横たわったままの探偵さんが目に入る。


「協力はする。それは約束。でも、そのためにはこちらも条件があるの」

「ほう。生意気だけど、聞こうじゃないか」


 お姫様の後ろから現れたのはお医者さんだ。お姫様のメンテナンスでもしていたのだろうか。どことなくお姫様とホンモノがまとう雰囲気が近づいた感じもする。


「今後リセットを一切行わないで欲しいの。それが協力する条件」

「無理だね」


 お医者さんは即答する。考える余地もないと言った具合に。


「無理じゃない」

「無理のは前回説明しただろう。世界を維持するためには必要な機能だ。それは成長するアンドロイドを採用しても変わらない。成長し、やがて老化し、動かなくなってしまえば、その先の世界を構成する者がいなくなる。そのために必要なのがオールリセットだ」

「ええ。それは分かっている。だからその先の世界を構成するために固体も作る。作り続ける。アンドロイドが何代にも渡って暮らしていけるようにする」


 お医者さんは黙って考え始めた。


「いや。無理だ。なぜ僕たちが最初からそうしなかったか分かるか? そのアンドロイドを形成するための人格データが足りないからだ。産まれた頃から成長し続けるそれを作るのは不可能だ。なにせ大半が失われてしまったのだから」


 それも一瞬だった。少女が考えることは全て、思考したことがあると言わんばかりのしたり顔だ。


「そうね。でも、そのために必要なものをホンモノのお姫様が解析してくれている。おそらく、そこにある情報があれば成功する可能性はある」


 お医者さんの表情が歪む。


「ホンモノ? あなたは何を言っているの?」


 お医者さんより先にお姫様が言葉を発する。これは賭けに近いのだ。きっと目の間のお姫様は自分のことを理解しきっていない。であるからこそお医者さんが近くで見守っているのだ。


「姉さん。少しの間で良いから眠っていてくれないか?」


 お医者さんがお姫様の背中で何かしたと同時にお姫様は膝から崩れ落ちた。


「何をしたの?」

「眠ってもらっただけだよ。姉さんに会うことが出来たのか。キミのその行動はキミが思っている以上に厄介なものだ」

「やっぱり完璧じゃないのね。だからホンモノのお姫様は地下に匿われている」

「ああ。そうだとも。姉さんには心配をかけられないから黙っていたのに。キミなんかに見破られるとはね。そうさ。姉さんの意識をアップロードしたと言うのに、時折肝心なところで支障をきたす。元の意識が邪魔している見たいにね。キミの発言はそのキッカケになりうるものだ」


 万が一のための安全装置として、自分の好きなように操れる機能までつけて、バックアップとしてホンモノは大事に匿っている。


「そう。つまりアナタにも限界はあるのでしょう?」


 もとは同じ個体と言うのであればそのはずだ。でも、お医者さんにはその兆候が見られない。


「僕かい? 僕はもう何度も身体を入れ替えているんだよ。前の意識も調教済みなおかげか影響も出ていない。きっと割り切っているからだ。そういうもんだとね。でも、姉さんは違う。自分が管理するこの世界が維持されることを望んでいる。だから、自分が自分以外のものと混ざるのを拒んでいる」


 そうだろうか。地下で話したホンモノは少なくともそんな風には考えていないように思う。たとえそうであれば少女の提案なんかに力を貸してくれるはずはないのだ。


「それで? その可能性とやらなんだ。よっぽどの情報なんだろうね」

「なぜだかはわからないけれど。私には創造主の記憶データが残っている。それがうまく流用できれば人格形成データのパターンは増やすことが出来るの」


 創造主の記憶がどこまで残っているか分からないが創造主が出会った人間の数は膨大なはずだ。親密なものから、一度だけの出会いも含めて色々な角度から解析していけば、人格パターンの形成をいくつも用意することができる。同時に、少女はそんなことをしなくても問題ないと考えている。


「それに。私と言う存在が、人格パターンなんて必要ないことも表している。お姫様のこともそう。あなたはそれを理解した上で分からないフリをしている。そうでしょう?」


 元は同じ固体。管理者も少女も、戦場で散っていった仲間たちも。同じ個体。でも、それなのに、どこか違うのだ。それはもとからインプットされた人格パターンが全てでないことを意味している。


 リセットを繰り返す中でさえちょっとした差異が産まれていくのだ。同じなんてことは一度もなかった。それはお医者さんも見てきたはずだ。


「だからなんだって言うんだ。確かに同一の人格パターンでも差異はある。でもそれは誤差の範囲でしか無い。同じパターンを同じ場所に存在させることが何を引き起こすのか分からない以上やるべきではない。失敗したら世界は終わってしまうんだぞ」


 お医者さんはきっと昔の出来事を思い返している。止められなかったアンドロイドを自己認識した結果の破滅を。それと同じことが起きてもおかしくないと。そして今度はそれが止められない可能性がることを恐怖しているのだ。


「だから、創造主がの記憶データを使ってパターンを増やす。ある程度増やすことができればきっと大丈夫。それに。最終的には赤ん坊の頃からアンドロイドたちの手に渡す」

「それは彼らに不安定なん子育てをさせるってことか。だったらそれも無理だ。成長するアンドロイドはそんな風に出来ていない。オールリセットのタイミングに合わせてその状態の身体を提供する。それがある程度朽ちるまで、過ごさせ朽ちたらまたリセットだ。その予定なのに。子育だって? どうやればいいのか見当もつかないよ」

「ええ。だからそこも創造主の記憶から新しい技術を探し出す。今はまだ見つかっていないけれど。今回のリセットが終わる前までには必ず間に合わせる」


 それは少女の宣言だった。必ずやり遂げると言う宣言。そこに一切の揺らぎはない。


「それでは、今いるアンドロイドたちの意識はすぐに消滅してしまう。赤ん坊から育てたアンドロイドに今と同じような記憶を植え付けることは出来ない。探偵はいなくなってしまうってこだぞ。自分で何を言っているのか分かっているのか?」


 リセットをしないと言うことはそういう事だ。それは分かっている。でも……。


「それが人間なんでしょ?」

「分かったような口を聞くなぁ!」


 お医者さんの中でなにかがブチギレた。

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