第10話 隠し通路と少女

「こんなしっかりとしたところがあるんだな。ここなら少しくらいは黒服たちから見を隠せるかもしれないな」


 探偵さんは感心したようにあたりを見渡している。少女も同じように見渡す。


 お姉さんに案内されたのは、カジノからそんなに遠くない場所。そのひとつの建物。中は住居だったが、誰かが住んでいる気配はない。家具ひと通り揃っているし、生活に必要なものも全部ある。しかし生活感はない。すべてのものが整えられ過ぎている。


 まるで、作られたかのように配置されている。そこにホコリひとつ乗っていなければ、生活していれば物を動かしたり、そのままにしたり、少しは散らかったりもするだろう。座った時にソファが動いて曲がったり、どこかの扉がうっかり開いていたりもしない。つまるところ人が生活している気配がないのだ。


「あらぁ。何言ってるのよ。ここは普通のお家よ。ここからがお楽しみよ」


 お姉さんは案内した先は書斎だ。本がずらりと並んだその一角を押し込んだ。歯車が回り始める音が家全体に響き渡る。徐々に動き出す本棚。その奥へ下へと続く通路が現れる。


「マジかよ」


 探偵さんがそのことに驚いている。確かに、見たことがある光景だ。


「どこも考えることはそんなに変わらないんだな」


 探偵事務所にも似たような機構があった。後ろめたいことを考えている所にはこういったものがつきものなのだろう。


「さっ。行きましょ。私達の拠点へ」


 そこから先どれくらい下へ潜り、前へ進んだのか正確に把握できなかった。それくらいに中は複雑に入り組んでいた。まるで街の地下を張り巡らされているパイプの中を移動しているみたいだと思った。他の街区へ移動していてもおかしくはないくらいの距離を歩いた。


 探偵さんはあまりの距離に疲れた。まだ着かないのかと文句をいい始め、足が痛いとぶつぶつとうるさくなり、しまいにはもうダメだと時折、つぶやくだけになった。やっぱりこの探偵さんに頼んだのは間違いだったのだろうか。


 でも。さっきは身を挺して少女を逃がそうとしてくれた。それに対して少女も探偵さんを見捨てられなかった。あんな行動を取ってしまったのは初めてのことで自身の事が分からない。


 これまでも、少女のように状況判断をミスして仲間を助けた同僚たちも見てきた。そのすべてはその判断ミスのせいで戻れなくなってしまってその行動の理由を聞けたことはなかったのだ。


 もしかして散っていた同僚たちも同じように戸惑いながらもあんな行動をしたのだろうか。それはいくら考えても答えなんて出そうにない。だって少女は違う個体なのだ。


「なあ。助けてくれたから、遠慮なくついてきたけどよ。あんたらは一体何者なんだ? どうして俺たちを助けて、どうしてセントラルへの行き方を知っている?」


 小言を言うのも疲れたのか探偵さんがお姉さんに質問をし始めた。狭い通路でその声はよく響く。もしかしたら、ある程度距離が離れるのを待っていたのかも。いやきっと考えすぎだ。探偵さんがそこまで考えているハズがない。


「あら。ずっと質問してこないから小さいことなんて気にしない豪気な人かと思ってたけどそうじゃなかったのね。まあ、答えてあげてもいいわ。でも、こちらの質問に答えてくれないからしら」


 問いかけられているようで、そこに拒否する権利はない。ここでお姉さんに見捨てられたら少女たちはどうしていいのか分からないのだ。今いる場所すら分からないのだから。


「あー。嬢ちゃん話すぜ? とっても、俺は何も理解しちゃいないんだけどな」


 探偵さんが少女に確認を取ってからこれまでのことを話し始めた。って言ったって、なんだか分からないものに呼ばれている。その場所がセントラル。そしてなぜだか黒服たちに追われている。それだけの話だ。


「あら。お兄さんは探偵さんなのね。道理で修羅場を経験してそうな感じもするわぁ。それにしてもやっぱり豪気な人なんじゃない。ちょっと惚れちゃうかも」


 そうお姉さんが探偵さんの方をわざわざ振り向いてウインクをする。探偵さんはなぜだか苦い顔をしている。


「それにしても、お嬢ちゃんアンドロイドなの? 街の外ではよく見るって言われてるけど私は初めて見たわ。それによくできるのねぇ。私たちとちっとも変わらないじゃない」


 お姉さんはジロジロと少女を下から上まで見回す。そんなに珍しいものじゃないのに。少女はお姉さんや探偵さんの方が珍しい。外にはいなかった。


「まあ。いいわ。最初っからお嬢ちゃんに協力はしたいと思ってたしね。私たちのことは少し落ち着いたところで話ましょう」


 お姉さんの足が止まった。薄暗かった通路の先にそれなりの光量が見える。その光がお姉さんの顔を照らしている。その顔は自慢気な笑顔。それは目的地にたどり着いたことを意味していた。

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