第11話 レジスタンスと少女

「ここは私達の拠点。隠れ家みたいなものなの。それも一番大きな場所」


 案内された空間はひとつの街みたいに見えた。とは言え外の街に比べたらちっちゃなものだ。村とか集落と言った方が近い。でも、ここが地下であることと歩いてきた道のりを考えると信じられない広さだ。


 地下であろう場所にこんな空間が広がっているとは思っても見なかった。少女だけでなく探偵さんも同じみたいでとても驚いている。ずっと住んでいた街のことだ探偵さんの方が驚きは大きいだろう。それが証拠にさっきからずっとあたりをキョロキョロと見回し続けて落ち着かない様子だ。


 少女も一緒になって見渡すけれど地下街に活気はない。誰かがいる気配もない。お姉さんはここをどんな用途で利用しているのだろうか。


「なんのためにここを?」


 少女の問いかけにお姉さんは肩をすくめて大きく息を吐きだした。その大げさなジェスチャーもお姉さんの癖らしく、身体が大きのも相まって威嚇しているようにも見える。


「私達はセントラルに不満を持っている。それもとっても大きなね」


「不満? この街ってそんなに酷い生活を強いられているようには見えないけれど」


 少女からしてみればみな自由に過ごしている。少女たちは道具だ。言われたとおりに動き任務をこなすことだけを目的として生きていた。それに比べたらこの街は自由に過ごせるように見える。それなのに不満だなんてその考えは少女の理解とは程遠いところにある。


「不満だらけだろうよ」


 答えたのはお姉さんじゃなくて探偵さんだ。意外だった。あれだけ自堕落な生活をしている人が街に不満を抱えたていたなんて。いや、不満が大きかったから自堕落な生活を送っていたのか。


「セントラルの連中は顔も見たことすら無いがな。それこそ、自分たちの私利私欲でしか動かないんだよ。街は外からの脅威にさらされている。常にな。それにより毎日のように外壁を守る人たちが死んでいる。必死になってな。でも、そうでもしなきゃ街の中に侵襲したヤツらが侵入して自分たちの生活がめちゃくちゃになる。でも、いくらそうなってもセントラルへはその厚い壁に阻まれて無事。六つの大きな門にも戦力を集中させていてそこを突破することはない。いつだって死ぬのはセントラルの外にいる弱い連中だ。そこにセントラルの連中は手を貸そうともしない」


 探偵さんの話をお姉さんは力強く頷いて聞いている。概ねその認識に差はないようだ。


「それにね。私達はもう限界なのよ。動くのもまともに出来ない人がだんだんと増えている。守る人たちが減っているのよ。つまりこの街の限界も近いの。それもセントラルの外側だけのね」

「そうだ。それがこの街が抱えるひとつの問題だ。まあ、それもひとつでしかないぜ。もっと小さい問題はたくさんある。それこそ六街区なんて無法地帯だ。経済が回るような状況じゃなくなっている。生きてくだけで精一杯。生活に必要なものくらいしか売ってないし、それすらも貧困層に取っては手の届かないことすらある。そしてそれは段々と広がってる。確かに、この街の限界は近いって思うぜ。でも、だからと言ってセントラルに喧嘩を売るのは賢いとは言えないがな」

「なによ。知ったかぶりしちゃって。私達だって色々考えて動いてるのよ。今日いきなり現れたおじさん探偵さんになんて言われたくないわね。一瞬だけかっこよく見えたのにやっぱり勘違いだったのかしらね。セントラルに喧嘩を売るのよ。そりゃ慎重に動いてるし、その結果としてようやって侵入する方法を見つけたの。まだ喧嘩をしかけたりはしないわ。セントラル内部の情報をかき集めてその体制次第でやらなきゃいけないことを考えて作戦を練るの。そのための場所。それがここよ。分かった?」


 お姉さんは随分と熱くなっている様子で息も荒い。探偵さんは逆に冷めている。戦っても仕方ないなんて思っていそう。もしかしたら一度、セントラルに対して反抗したことがあるのかもしれない。なんとなくだけどそう思った。


 でもやっぱり少女には理解できないことが多い。


 セントラルというのは少女にとって上長にあたるものなのだろうか。絶対的な存在。抵抗は許さず。その存在維持のためならば自らを犠牲にすることも厭わない。少女たちが当然のようにして過ごしてきたそれが不満だと。ふたりはそう言っているのだ。


 やっぱり、どうしてそんなに不満が溜まるのか少女には分からない。でも、だからと言ってそのことを否定したい訳ではない。どちらかと言えば力になれるのであれば手を貸したいと思っている。こんな気持ちになったのは始めて。色々変わったのは探偵さんに会ってからだ。


「お姉さんたちの考えは分かった気がする。でも私達に何を求めてるの? なんのためにわざわざここまで連れてきたの? さらに言えば私達を信用した理由も理解できない。こんな自分たちのアジトを晒すなんて危険を進んで行ったの?」


 カジノでたまたま出会っただけの仲だ。そこでも特別な感情を抱くような出来事は起きていない。


「……さあね。私にも分からない。でもお嬢ちゃんはいい子だと思った。だってあんな純粋にセントラルへ行きたいって言う子どもを初めてよ。普通はもっと畏怖だったり、敬意だったりするものを持っている。それにまさかあんなに無防備にあの場所から出ていくなんて思わなかったの。あれじゃあ、襲ってくれって言っているようなものだしね。案の定、襲われそうになってたし。お嬢ちゃんの動きを見るになんとかなったのでしょうけれど、なにか事情もありそうだった」


 お姉さんは何かを絞り出すように話す。さらには落ち着かないのか指は常に動かしているし、座っている足を組み直し続けている。探偵さんもそれを黙って聞いている。きっとお姉さんが信頼できるかを見極めようとしている様に見えた。


「ふぅ……難しく離し過ぎたわ。ことは単純。放っておけなかったのよ。つまるところお嬢ちゃん。アナタに一目惚れしたのよ。私はね」


 探偵さんが目を閉じた。何かを噛み締めているかのようだ。


「そう。嬉しいけれど、それだけじゃない」


 お姉さんが驚いのか目を見開いている。


「そうね。それだけじゃないわ。私にも下心がある。お嬢ちゃんだけのために助けたわけじゃない。私達に協力してほしいことがあるのよ」


 静かになった空間に探偵さんの吐く息の声が響いた。


「まあ。そんなことだと思ったぜ。大方それがセントラルへの行き方と関係あるんだろ?」

「流石は探偵さんってところね。……はぁ。その通りよ。お願いしたことがあるの。もちろんセントラル絡みの話。というか、そのまんまね。あなた達にはセントラルに行って欲しいの。そしてセントラルで誰がどうやってこの街を動かしているのかを調べてきてほしいの」


 お姉さんは真剣な表情でそう告げてきた。


「どう言うこと? セントラルってそんなに謎が多い場所なの?」


 誰が動かしているかも知らないなんて、そんな街があるのだろうか。この街は誰によってコントロールされているか知らないで過ごしていると言うのか。


「セントラルにはお姫様がいるの。彼女が実質この街の権力者。でもその姿はセントラルの人たちしかみたことはないし、彼女がどう言う考えで街を運営しているのかを宣言したこともない。理由も分からないけれどずっと大きな何かを隠しながらこの街のトップに立ち続けている。それだけは間違いなわ。そしてその秘密がこの街が限界に近づいていることにも関係していると考えてる」


 お姫様。そんな存在がこの街にいるのか。どんな存在なのかその響きだけでは分かっらない。昔はそんな風に呼ばれる存在はたくさんいたらしいけれど、それも過去の話。少なくとも少女はそう呼ばれる存在を知識の中でしか聞いたことがない。


「まさか。その姫さんの調査を俺たちがやるって話じゃないよな。流石に勘弁だぜ」

「なんで?」


 探偵さんがさっそく口を出すから反射的に質問してしまった。お姫様を調べるくらい簡単に思えるけど。


「なんでって嬢ちゃんお前な。普通に生活していたら情報のひとつお入ってこない人物だぞ。顔だって知られていないのはセントラルでも当然同じだ。でなきゃ噂でもなんでも広まっちまうからな。それだけ大事にされてるんだ、警備だって相当なもんだろう。訳のわからん連中に追われている状況でそんな姫さんを探るだなんて方法も思いつきやしない。それに、時間も掛かる。慎重にやらないと意味ないだろうからな。嬢ちゃんは時間がないんだろ? それって随分と厳しいと思うぜ」


 確かに探偵さんの言う通りだ。少女はいち早く呼んでいる主の元へたどり着きたい。


「でも、他にセントラルへ行く方法も見つかってない。お姉さんの依頼を断ったらそれを探すだけでも時間が掛かる。それよりかはセントラルに行く方法だけ教えてもらってその依頼を無下にするほうが早い」

「お嬢ちゃん。アナタ、そんなの思ってても口にするもんじゃないわよ。大っぴらにお願いしにくくなるじゃない」

「うん。でもお姉さんも私達に頼ったってことは他に手段がないのでしょう? であれば今の話を聞いたところでお願いするしか無い。大丈夫。優先順位の話よ。きちんと任務はこなす。だから安心して」


 そう。無下にするって言っても優先順位の問題だ。自分の用事を済ませてからお姉さんの依頼をこなせばいい。それだけだ。


「はぁ。お嬢ちゃん意外としっかりしてるのね。そうね。私達に余裕がないのは事実よ。セントラルに人を送るほどの余力はない。ここを維持するだけでも精一杯だもの。それに、セントラルで自由に活動できるほど腕の立つ人材もいない。だからあなた達に頼ることにしたの。カジノで見る限りお嬢ちゃんはなにか特別なものを持ってそうだったしね。セントラルに行きたいなんて言う事自体、只者じゃない予感はあったのだけれど。まさかアンドロイドとは思わなかった。まさか、そっちの探偵さんもそうなの?」

「まさか。俺は普通だよ。嬢ちゃんと一緒にされると困っちまう。ただの探偵だ。そして依頼された身でもある。その嬢ちゃんがそう言うんだからな。俺は従うだけだぜ」


 意外にもあっさりと意見を引く探偵さんに驚きの視線を向ける。


「なんだよ。当然だろ。嬢ちゃんに依頼されたんだからな」


 やっぱり探偵さんのことはよく分からない。とりあえずは、セントラルへの道が開けたので良しとすることにした。

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