第12話 セントラルへの道

「嬢ちゃん。離れるなよ」


 探偵さんが警戒しながら進んでいる。なぜならばここがセントラルへと繋がっている道と教えてもらったからだ。キレイな長方形をした通路はレンガで出来ているように見えたが、実際はもっと強度がある金属を含んだ特殊な素材だろう。こんな技術は街に来てから目にしたことはなかった。それがセントラルへ続いていると言うお姉さんの言葉の信頼性を強めていた。


 お姉さんが食料と一緒に持たせてくれたのは地図だ。


『ここはそもそも、その通路を探る為に作った拠点よ。通路を見つけたのはホント偶然だった。でもその通路を見たらだれもがセントラルを連想するの。私たちが見つけられたのは偶然ね。でもそれが誰かに導かれた運命だとも思ったわ。自分たちがセントラルへ反抗心を抱いていることは間違いじゃなかったってね。それでこれには私たちが調べたところを記載してあるの。でも、未知の部分も多いし、帰ってこなかった仲間もいる。中は迷宮みたいに複雑だし、何が待ち構えているか分からない。でも確実にセントラルへは繋がっているはず。じゃなきゃ、こんな地下にこんな未知の技術を使った通路がある理由が説明できないわ。あっ。ところでお嬢ちゃんは食事ってするのかしら?』


 確証はないけれど自信満々なお姉さんに探偵さんがぶつぶつと文句を言っていたが最終的には納得していた。いや、この通路の入口を目にした時から探偵さんの中でも確信に変わったみたい。それくらいこの通路は見たことがない技術が使われているようだ。


 食料は探偵さんがありがたそうに受け取っていた。少女としてはどちらでもいい。食べればおいしいと言う情報は得られるが、なくても構わないと思っている。


 そして肝心の地図なのだけれど、すでに使い物にならなくなってしまった。お姉さんたちが調べた地点をもうとっくに超えてしまったのだ。お姉さんたちと違って戻るつもりがないのだからそれも仕方がないと言える。


 でも、それを踏まえても探偵さんの様子がおかしかった。


「どうしたの? ここに来てから変」


 変というからしくない。探偵さんはいつでも飄々としていて割とピンチな時でも余裕があるように見えたのだ。探偵さんはあたりを気にしながら小声でしゃべり始める。そこには恐怖が見え隠れしているようにも思えた。


「いくらなんでも奇麗すぎるんだよここは。使ってない通路なんだ、埃もたまれば意図しないものが住み着いたっておかしくない。たとえそれが地下であってもだ。人が生活しなくなったところって言うのは基本的に自然に戻っていくもんだぜ。でも、ここにはそれが一切見られない」


 言いたいことは分かるが結論が遠回りしている。つまりなんだというのか。それがどう探偵さんが緊張していることに繋がるのか少女は理解できないでいた。いや、探偵さんがわざと結論を言わないようにしているのだ。言いたくないのかもしれない。それほどのなにかがここにはあると考えているのだ。それはきっと街ではお目にかかれないもの。でも、探偵さんはそれに心当たりがあって、それの恐ろしさを知っているのだ。そうでなければ、ここまで慎重にはならないだろう。


「分岐はあるのにそのほとんどが長い一本道なのもたちが悪い。いざ逃げようってときに隠れる手段が取れない。これはそれも踏まえて意図して作られているようにも思える。なのに、しっかりと曲がりくねって方向感覚は狂わされるし、分岐もちゃんと用意されている。こりゃ、お姉さんたちが苦労しているわけが分かるよ」


 探偵さんもお姉さんと呼び始めたのは、おっさんと声をかけてひたすらに怒られたからだ。探偵さんも必死に頭を下げたけれどお姉さんの熱が冷めるまで結構な時間が過ぎた。まったく、急いでいるんじゃなかったのかと思わないでもない。でも、それは小さな誤差だったのだと、今は分かる。延々と続く通路は終わりが見えない。四街区から地下街へと道のりなんてあっという間だったと思えるほどだ。その長い距離を探偵さんはだんだんと緊張を高めながら歩いているのだ、そろそろ疲れが見え始めている。


「少し休憩する? そんなんじゃこの先が心配」


 少女の言葉に探偵さんは驚いたみたいだ。理由はまったく分からない。


「いや、大丈夫だ。こんな休む空間もない通路で止まっている方が緊張で疲れちまう。それより嬢ちゃんの手持ちの武器は何があるんだ? ちょっとくらいお姉さんから貰ったんだろ?」

「うん。でも、ナイフだけ。あとは、最初に奪った拳銃がふたつ。弾は少ないから期待できない」


 ナイフはそれなりに大きな刃渡りで少女の体格からすれば随分と大ぶりなものだ。けれど手になじむ感触がある。いいものを貰ってしまったなとちょっとだけ心強く思う。


「ちょっと心許ないな。いや、何を持っていても逃げるのが一番なのだが……」


 探偵さんは何か仮想の敵を想定しているようだ。やっぱり何かと戦って経験があって、それによる恐怖に怯えているのだ。


「ねえ。ここに何がいるっていうの? そんなに怯えてたんじゃ、体力が持たない」

「ちぃ。口にすれば出てきそうで言わなかったんだよ。聞くんじゃない……っておい。何か聞こえないか?」


 探偵さんは警戒し続けただけあって気が付くのが一足早かった。ガシャン。ガシャンと歯車が回りながら金属同士がぶつかり合う音が遠くから確実に近づいている。


「お、おい逃げるぞ」


 探偵さんが駆け出す。それを察知したように音が早くなる。この速度はまずい。絶対に逃げ切れないくらいには速い。なんだか分からないが探偵さんが怯えている以上、戦力にはならない。少女ひとりで対処できるものだといいのだけれど。


「私が足止めするから逃げて」

「マジかよっ……でも」


 足を止めて探偵さんは何かに迷っている。そんなに悩むなら覚悟を決めて一緒に戦ってほしいのだけれど。


「足手まとい。早く行って。大丈夫、私が守るから」


 正直、今の状態の探偵さんに期待できることはない。ひとりで戦ったほうが動きやすい。


「す、すまない」


 探偵さんが再び走り始める。弾は減らしたくない。ナイフ一本でなんとかしなくては。


 少女はそうナイフを逆手に持って体の前に構えた。

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