第5話 追跡者たち
また夢を見ていた。以前見た夢の続きだと感じる。前回、少女を見ていた人の視点。でもまた知らない場所。それも今回は室内。本が大量に並べられた棚。メモが書き殴られた紙が机に散らばっている。書いてある内容は難しすぎて理解できない。
なにかの研究をしているみたい。
でも、それがうまく行っていないのだけは分かる。
何年も片付けられていないだろう小さな部屋。着ている服はボロボロ。疲労しているのが見て取れる。どれくらいの時間をその研究に費やしているというのか。まったく想像が出来ない。
メモを書きなぐる手が止まる。苛立ちが最高潮に達したのか、両方の拳を机に叩きつけた。鉛筆がその勢いで転がり落ちる。
乾いた音が部屋に響いて、それが合図だったみたいに視界は何かを諦めたように、ゆっくりと目を閉じた。
夢の中でない。解像度が高い世界で頬に何かが近づいてきているを察知。すぐさま目を覚ます。狭い空間。車内であることを確認して頬に近づいたものが探偵さんの指であることを認識すると、何をしているのだと目で問いかけながら、きっとそんなはずはないだろうことを問いかける。
「もう着いた?」
探偵さんは驚いているのか怯えているのか。そんな反応をするなら最初から触れようなんて考えなきゃいいのに。戸惑っている探偵さんに追い打ちをかけるようにもう一度おんなじ問をする。
「ねえ。もう着いたの?」
「いや。仮眠していただけだ。まだもうちょっとかかる。だから寝てていいぞ」
慌てているそんな探偵さんの言葉を真に受けるわけもない。
「やめとく。妙なことされるといけないから」
頬をつつかれるだけでも、抵抗感があるのにそれ以上のことをされるわけにはいかないので、釘を指しておく。
「なんだよ、妙なことって。それより起きたんなら先を急ぐぞ。もたもたしてると奴らに追いつかれるかも知れないからな」
とぼけてるけど。きっと探偵さんが一番それを理解しているはず。
さてと。そんな探偵さんはほっておいて夢を見る前はどうしていただろうと少女は思い出そうとする。
探偵さんがどこから車を手に入れてきてそれに乗せられた。一緒に少女用の服も手に入れてきて。どこでそんなものを入手したのか気になったが、答えたくなさそうだったので深くは聞かなかった。とりあえず身体の中身がむき出しになっていた腕や足は隠せている。
身体のことを随分と気にされているようだった。気にしてみれば確かにこの街の人達はキレイにしている。
少女が戦場にいたころはこんな傷は日常茶飯事だったし、直したところで次の戦場に行けばすぐに傷ついてしまう。そんなことを気にする必要もなかった。争いがない街ではそんな余裕すら生まれるのか。
探偵さんも格好は小綺麗ってわけじゃないが、その身体が傷ついているなんてことはない。
そうと知っていれば少女が思っている以上の危険に巻き込んでしまったのかも。そう少女は気がついて。ちょっとだけ気を使ってあげてもいいかもと思ったりもする。
「分かった。じゃあ急いで」
急いだほうが何かと安全だ。追手が増えれば増えるほど危険も増える。
「なあ。呼ばれてるって言うのはそんなに切羽詰まった状態なのかい?」
急いでと言ったはずなのに。探偵さんは余計なことばかり気にしている。それにそんなことを聞かれても……。
「……わからない。そういう情報はまったくないから」
それが本当の事だ。セントラルと呼ばれる座標に行かなければいけない。それは間違いなくそうなのだけれど。理由も誰からかなのかも。まったく情報はない。
「呼ばれたってなんか信号みたいなのを受け取ったってことなのか?」
そう言うのは分かるんだな。でもちょっと違う。任務を受け取る時とは違うのだ。
「違う。思い出したに近い。急に記憶にセントラルの座標と行かなくてはいけない命令が浮かんだ。この街まで来ること自体はそんなに大変じゃなかったのにこの街に来てから上手く行かない。なんで?」
「なんでってそれだけこの街のセキュリティが強固ってことだろ。そんなに不思議でもないね。不思議なのはそんなに簡単にここに入ってこれてるお嬢ちゃんの方だろう」
そんなことはない。だって……。
「大したことはしてない。みんな弱かった」
探偵さんは天を仰いだ。
「どうかした?」
「急に悪寒がな。ちなみにその持っている武器たちはどうしたんだ。銃なんてどこにでも溢れているもんじゃないだろ」
悪寒? 少し気になる。でも質問にも答えなきゃ。
「街に入る時に襲ってきた人たちから貰った」
正直に答えたのに。探偵さんはまた天を仰いだ。
「貰っちゃダメだと思うんだが」
それは初耳だ。任務で武器と言えば現地調達。奪うのが基本だと教わった。
「そうなの……外じゃあ普通のことだったから」
少女がいた外では普通のことなのだ。いつだって銃口を目の前に突きつけられてはそれを回避して過ごしてきた。そうこんな風に、まん丸の銃口がこちらを向いて。いつ火を噴いてもおかしくない状況。探偵さんはこの状況に気が付いていないみたい。でも、銃口は今。間違いなく少女たちに向いている。
黒服たちが車のボンネットの上に乗っていた。
「あれ。これはいったいなんの冗談……」
ようやく気が付いた。黒服たちから拳銃を奪っておいて正解だった。やっぱり武器は現地調達に限る。
「冗談じゃない。早く車を出す」
そう言いながら取り出した拳銃を車のガラスごと黒服たちを撃ち続ける。ガラスが割れる音をキッカケに車が急発進する。撃ち落とした黒服たちとは別に追いかけてきている黒服たちを何とか振り払うことに成功する。
しかし、黒服たちも車を用意していたようだ。もしかしたら、こちらの動きなんてとっくの昔に気が付いていて、準備をしていただけなのかも。
「しょうがねぇ。嬢ちゃんこのままセントラルの壁まで行くぞ」
探偵さんは何かを諦めたようだ。
「分かった。あいつらの始末は任せて」
残っている弾を無駄にしないように着実に追随している車のタイヤを打ち抜いていく。それでも弾切れは避けられそうにない。もっと奪っておけばよかったと後悔するけれど、あんまり荷物になるような量は持てないのだから仕方ないとも思う。
しかも、厄介な車が一台いる。当てたと思っていたうちの一台だ。どうやら引き金を引く瞬間を見破られたのか、避けられてしまったみたい。
「ダメ。ひとり厄介なのがいる」
とりあえず探偵さんに報告。
「なんとかならないのかよっ」
ならないから報告したのに。少しは役に立って欲しいところだ。
「もう弾切れ。あとはよろしく」
車のスピードが上がった。探偵さんがやけくそになっている気がする。
「だれかが飛び出してこないことを祈っててくれよなっ」
誰かが飛び出して来たら跳ねると言う事か。でも、夜と言うより朝の前。みたいな時間だ。人通りは少なく、街の明かりもうっすらとしている。大丈夫。多分。
でも。
「もっとスピード出ないの? 近づいてきてる」
黒服たちの車の方が良い物。スピードも速ければ安定している。それが証拠にこちらの車に被弾して外装が少しずつ剥がれ落ちていく。探偵さんがいくら覚悟したところでそこは仕方がないのか。
追い付かれる。そう思ったところで急ハンドル。遠心力に逆らいながら車の中を物色する。武器の現地調達は基本だ。でも、この車たいしていい物は転がってないみたい。
「この車に投げられるものはないの?」
「知らんっ。これは俺の車じゃない」
よほど余裕がないのか探偵さんが声を張り上げる。どうやら大通りに出たみたいだ。街を六区画に分断している大きな通り。探偵さんが住んでいるのは五街区。するとここは四街区との間か六街区との間か。そのどちらかだ。
六街区はあまりいい話は聞かない。トラブルが転がっているとも訪れたばかりの街なのにも関わらずそう知識として持っているくらい。四街区は五街区と似ているがどこか賑やかさを感じる区画らしい。全部聞いた話だ。
「うん。何もないよこの車。もうどうしようもない。探偵さん頑張って」
諦めて探偵さんの隣に戻る。ミラーから見える車は結構近くて、銃弾がサイドミラーをかすったりしている。
「十分この車は頑張ってるよっ」
探偵さんが急にハンドルを切った。大通りから抜けるつもりらしい。複雑な道へ入り込んで見失ってもらうつもりなのか。
「おい。ちゃんと掴まってろよ」
また急ハンドル。建物に囲まれて車一台が通る幅しかない道へと入り込む。と思ったらまた急ハンドル。
「なかなかやるじゃない」
「うるさいっ。ちょっとは集中させてくれっ」
ほめたのに、文句を言われてしまった。しばらく黙ってることにする。
探偵さんの集中力は大したものだった。戦場でも何度かこんな感じの動きを見たことがある。生き残るために必死な顔。自分にはないものだと。その横顔を見ながらぼんやりと思う。ちょっとうらやましくもある。
黒服たちの車は見えないのだけれど、動力である歯車の音は聞こえる。向こうからもこちらの車の音は聞こえているのだろう。引き離せていない。でも射線からは逃げることに成功している。
ただ、気になることもある。向こうは複数で行動しているということ。加えて複雑に見える道も基本は直線によって成り立っている。カーブを描いてはいない。つまりハンドルさばきほどは複雑ではなく。探偵さんが動かしているルートには規則性が生まれる。
つまりは。
「まあ。そうなる」
行く先に黒服たちの姿が見える。それに構えているものがちょっとおかしかった。
「ちょっ。あれなんとかできるかっ?」
探偵さんも慌てている。黒服がふたりで大きな筒を抱えている。あそこから何が飛び出してくるのかは知らないが。きっと爆発しかねない物だ。危険な匂いしかしない。
「うん。どうしようもない」
「おいっ。諦めるなってっ」
少女は諦めたつもりはない。あれをどうにかするのは無理だと言う話だ。
「ハンドル借りる」
探偵さんが握っているハンドルを横から手を伸ばし思い切り回す。
「おいっ。こんな狭い道でなにを……」
探偵さんが言い終わることはなかった。車が思い切り傾いたのだ。建物の壁に片輪が乗っかる。その瞬間だった。頭上を大きなものが通過して、少ししたら後方が光ったと思ったら次の瞬間には爆発音。
「どうにもできないから避けるしかない」
自分ではそう言ったつもりだった。でも爆発音で耳がやられてしまい、その音が届いてこない。目の前の黒服たちが慌て始める。仕留めるつもりだったのが突っ込んでくるのだから、それもそう。
こちらもぶつかりたくはないのだけれど。それこそどうしようもない。
「わぁぁぁぁぁあ!」
耳が回復し始める中で探偵さんの悲鳴だけが聞こえていた。衝撃と、ともに車がひしゃげていくのが分かる。車から飛び出した探偵さんを抱きかかえながら衝撃で舞った土煙に紛れ、建物のひとつに入る。
おそらく黒服たちもそれを確認はできなかったはずだ。自分たちが起こした騒ぎで人も何事かと様子を見に出てきている。
「と、とりあえず助かったのか?」
探偵さんは相変わらず実感がわかないのか呆けていた。
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