第6話 たどり着いたのは四街区
「ねえ。ここは何街区?」
ふたりが飛び込んだ建物はしっかりとしたレンガ造りだった。倉庫みたいで麻袋がいくつも積んである。特に刺激のある匂いもしない。少しほこりっぽいから人の出入りもあまりないのだろう。それなりに広い空間で隠れるところもいくつか候補は見つかる。
少しくらい休む余裕はありそう。でもその前に必要なことを済ませておきたい。
「あ、ああ。おそらく四街区だ。六街区は何かと物騒だからな。避けるように走っていたから間違いないよ」
探偵の危機管理能力と言うやつだろうか。確かに六街区に入ったりなんかしたらトラブルがトラブルを呼び、セントラルへ行くことなんて叶わなかったかも。
「よかった。これからどうする?」
「どうするって言ったってなぁ。とりあえずセントラルを囲っている壁の近くまでいってその辺りのやつに聞き込みするしかないだろ」
聞き込み。随分と探偵らしいワードだ。
「そう。そういうのはよく分からないから任せる」
「あのなぁ。嬢ちゃんの依頼だから動いてるんだぜ。ちょっとくらい協力してくれたっていいと思うけどな。早いところセントラルにたどり着きたいんだろう?」
ふむ。一理ある。呼ばれているとは言え、時間を気にしたことはなかった。たどり着けられればいつでもいい。というわけもないのか。
「分かった。協力する。どうすればいい?」
「そうなぁ。とりあえずもっと壁の近くのほうが情報が集まりやすいか。いや、それこそ関係者に見つかったら厄介なことになりかねない。どうしたものか。目立たず、不審がられず、それでいて効率がいい方法か」
探偵さんはなんかぶつぶつ言っている。それができるなら苦労はしていないのだけれど。
少女がこの街にたどり着いた頃は本当に慌ただしかった。こうやってゆっくりしていること自体が驚くべきこと。あれ。もしかして探偵さんが優秀なのか。
探偵さんを改めて観察してみる。
頭とひげはボサボサ。顔は縦長で目はだるそうに垂れている。鼻筋は通っている。身体も鍛えているのは分かるけれど筋肉質って訳じゃない。結構細身。着ている服だって長いこと買い替えていないのかくたびれている。近づけばタバコのニオイが染み込んでいるのかよく香る。それでも最初に訪れた時、以降タバコを吸っているのを見ていない。もしかしたら気を使われているのか。
まさか。そんな配慮してくれるようには見えないし。そもそもそんな配慮は不要だ。
今度は自分の身体を確認する。機械仕掛けの身体は記憶が残っているところまで遡っても今の状態のままだ。多少皮膚が破れて中身が出てしまっているが、体格も成長した覚えがない。成長する個体もいるらしいが探偵さんがそうなのかは分からない。見た目で判断できたりはしないのだ。
少女と一緒にいたのはすべて同じモデルの個体だった。違いなんてない。それが戦場では非常に役に立った。だからこの街の多様性には驚きもした。探偵さんもそのうちのひとりだ。
そう言えば猫。あれはここで初めて見た。知識では知っていたけれど、本当にいた。あれは不思議なものだった。あんなにふわふわして、キョトンとした顔をするんだな。
思い返して、なんだかふわふわしてくる。なんだろうか、この感覚。
この街に来てからうまく行かない。不思議な場所だ。初めてのことばかりが起こる。任務で失敗なんてしたことなかったのに。
でもまあ、それは当然だ。失敗したらその時点で捨てられる。その先なんてありはしないのだ。それは今回の任務も同様だ。きっと失敗は許されない。
そのためには探偵さんにも頑張ってもらわなくてはならない。あれ? でも、なんんで私は先を求めているのだろう?
少女は初めての感覚に戸惑いを覚える。
「ここは四街区か。であればあそこだな」
探偵さんの考えがまとまったのか。急に考え事をしていた顔を上げるとニヤリとした。
「ん。あそこってどこ?」
聞いて欲しそうな顔をしていたので一応聞いてあげる。
「四街区って言えばあそこなんだよ」
だからそこはどこだって聞いているのに勿体ぶってる。なんかムカついてきた。
「あそこってどこ? 早く言わないと足を撃ち抜く」
弾の入っていない拳銃に手をかける。
「わ、分かった。分かったから物騒な冗談はよしてくれ。カジノだよカジノ」
探偵さんの言ってることが分からない。カジノとはなんのことだ。知らない場所。
「なんだそんな顔して。もしかしてカジノ知らないのか?」
少女はこくりとうなずく。探偵さんがちょっと呆れた顔をする。やっぱりムカつく。本当に足を撃ち抜いてやろうか。
「そうだよな。そんなことを知るような人生は送ってきてなさそうだもんな」
こちらをジロジロと見定めるような視線。
「そんなことはどうでもいい。行き先が決まったなら急ぐ。でも、先に情報を教えて。カジノで何が手に入るの? セントラルへの情報? 侵入経路の情報?」
なんで自分でも質問を並べ立てているのか分からなかった。探偵さんの視線が気になったのは確かだ。でも、それがどうしてそうつながったのか分からない。
「お、おう。メインは情報だな。それにあそこは顔を隠して入る風習があるんだ。それがなによりも都合がいい。そしてそんな場所だ。街にとって都合が悪い情報も集まりやすいハズさ」
「それは分かった。じゃあ。行く」
どうしてそんな応対をするのか、自分でも理解に苦しむ。探偵さんも困っているようだ。
ああ。本当に、この街に来てから調子が悪い。上手くいかないのは何故だろうと必死に考えながら探偵さんの後についていった。
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