第1話 猫探しの探偵事務所
「ねえ。この辺りに探偵事務所があると聞いたのだけれど。あなた知ってる?」
話しかけている相手は猫だ。三毛猫。頭をなでても嫌がりもしないでゴロゴロと喉を鳴らしている。それがかわいい動作だと知ってはいるが、そんな猫を相手に少女はどうしていいの分からず再び問いかける。
「探偵事務所なんだけど。知らないの? 猫なのに」
先ほど見たポスターは街角の壁に勝手に張られたものらしかった。張り紙禁止と書かれたその横に堂々と張っているのだから、きっとよからぬ場所だ。けれど少女はそれが都合がいいと解釈した。
猫と仲良しなイラストが描いてあったから、こうやって最初に見つけた三毛猫の話しかけたのだけれど、どうやら三毛猫は知らないみたいだ。確かにポスターに描かれていたのは黒猫だった。
ふむ。では黒猫はどこにいるのだろうか。
周囲を見渡すのだけれど、閑散とした街に猫の姿は見つけられない。ここは人が暮らしているだけあって、老朽化は進んでいるが建物も比較的キレイだ。このどこかに探偵事務所はあるのだろうか。
探し物を見つけてくれるとポスターに書いてあった。
街の中心を見上げる。そこには遠目からでもはっきりと見える塔が立っている。横に倒せば街の半径より高い。摩天楼。そんな単語が頭に浮かぶ。
ニャー。
足元で三毛猫が立ち上がると立ち去ろうとしている。のんきなものだ、リラックスしたまま撫でられるのを待っていたのか。興味をそそられる行動だ。
「おいっ。その猫! 捕まえてくれ!」
おじさんの声。その声で驚いた三毛猫は駆けだした。ゆっくり近づけば捕まえられたかもしれないのに。
目の前を走り去っていくおじさん。逃げる猫。その距離は一瞬で離れた。人が通れない細さの路地に入り込んだ猫を見ておじさんは肩を落としている。
「ちっくしょう。せっかく見つけたのに逃げられちまった。これ以上、依頼主を待たせたら報酬なしだぜ。こりゃまいったね」
頭を掻きながらおじさんがもどってくる。髪はぼさぼさ、中途半端に整えられた髭はおじさんの生活スタイルを表してるようだ。
「おっ。嬢ちゃん。急に大声出してすまなかったな。あん? なんだよ、随分とボロボロじゃないか」
おじさんが言っているのは少女自身の恰好であるらしい。間違ってはいない。戦闘続きで元からボロボロだった。それに加えて呼ばれたからここまで来たけど。この街に入れてもらえなくて。結局強引に入ってきたから余計ボロボロになってしまった。
でも。なんでおじさんはそのことを気にしているのだろう。
「親はどこだ?」
そんな人はいない。分からないとばかりに首を横に振る。
「マジか。あーと。まあ、見ちまったもんはしょうがないよな。そんな頭もボサボサ。頭に乗ってるのは帽子か? もう見る影もないじゃないか。はぁ。ちょっとついてこい」
おじさんは強引に手を取ると、どこかへ連れて行こうする。簡単に振り払うことも出来たけど、抵抗する気にならなかった。なんだか興味がわいたのだ。
「ほら。ここだ」
連れてこられたのはお店みたいだ。服がたくさん並んでいる。どれも動きにくそうだと思った。
「おばちゃん。いるかい?」
おじさんは中に入ることはしないで、誰かを呼んだ。
「なんだい。探偵さんじゃないか。この店に用事なんて一体何事なの。おや。そちらのかわいらしいお嬢ちゃんは誰だい? ぼろぼろじゃないか。まさか、あんたの子ってことはないだろうね。こんなになるまで放っておいて」
「ち、違うよ。冗談にしちゃ笑えないよ。おばちゃん」
今、探偵と言った? このおじさんが探していた探偵さんなのか。もしそうだとしたら、幸運だ。
「ねえ」
「ん? ああ。大丈夫だ。心配するな。なあ、おばちゃんこいつを小奇麗にしてやってくれよ。親もいないみたいなんだ。頼むよ」
「はぁ。なんて身勝手な探偵さんだこと。そんなこと言って金もろくに持ってないだろ。どうするんだよ」
「ツケといてくれよ。おい、そんな顔するなよ」
おばさんは苦虫を噛み潰したときのような顔をしている。
「頼むって、また依頼あったらタダでやってやるからよぉ」
「まあ。その子を放っておけないのは一緒だからね。分かった。預かるよ」
「助かるよ。じゃ、俺は三毛猫探さなきゃ行けないから、行くぜ」
そう言って探偵さんは踵を返す。
「あっ。私も行く」
「あー。あんたはこっちだよ。ほら。似合う服を見繕って上げるから、こっちね」
強引に引っ張られる。抵抗すると大変なことになるから、あえてそれをしないで、されるがままに引っ張られる。
あとで。あの探偵さんの事務所の場所を聞けばそれでいい。
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