第36話 身勝手な選択

「ただの戦闘用のアンドロイドに何が分かる! 姉さんを模倣しただけのコピー品が、意識覚醒をしただけで。いっちょまえに人間にでもなったつもりかっ。もういい。研究は遅れるかもしれないがすべてリセットだ。お前らもすべてやり直す。そうして姉さんのためにもこの世界を存続させるっ」


 お医者さんが何かのスイッチを押した。大量の歯車がキュルキュルと音を立てて一斉に回り始める。


「なんだ。なにをしたっ」


 探偵さんが慌てている。たくさんの記憶が流れ込んでいるって言うのに、探偵さんは探偵さんだ。


 ガコンッ。エレベーターが動いている。下がったと思ったらすぐに上がってきて。何かを下から運んできた。


「おいおい。マジかよ」


 少女も事が動き始める前に戦闘態勢に入りたかったのだけれど。痛みで動けない。探偵さんが驚いている原因がエレベーターの扉が開いていく。


 ははは。探偵さんがマジかよって言うのも分かる。元気であれば少女もマジかよと一緒になってぼやきたいところだ。


 複数のの少女と同じ型のアンドロイドがエレベーターから降りてきていた。アンドロイドたちはどの子も表情がなく、任務を遂行するためだけに動いている。その姿に仲間たちが思い起こされるが。その仲間たちよりもたちが悪い。すべてお医者さんの意のままに動くようにしか出来ていない。そこに少女のような自立用の思考も搭載されてはいないのだろう。その手にはナイフか拳銃のどちらかが握られている。


 笑ってしまう。お姫様ひとりでもギリギリの闘いだったのに。たくさんいる。それも少女自身は動けないのだ。探偵さんがひとりでどうにか出来るわけもない。お医者さんの手の内で敵対すればこうなることは予想できた。だから言葉でお医者さんを納得させなきゃいけなかったのに。できなかった。その時点で少女たちの動きは抑えられたも当然。きっとリセットされてしまう。


 それなのに少女の心は落ち着いていた。それはきっと探偵さんが目覚めたからだ。それはそれは身勝手なことだと自覚する。リセットが止めたいとかいいつつ結局のところ探偵さんをどうにかしたっただけなのだ。まったく困ったもの。それに少女は諦めたわけでもない。それは探偵さんも同じみたいだった。なにをどうするか分からないが拳を握りしめて構えを取っている。


 少女もどうにか立ち上がったけれど、ふらふらで、まともに構えを取ることだって出来やしない。それでも探偵さんが諦めるまでは立ち上がろる。そう決めている。


 だって。守るって依頼を受けてしまっているのだ。やりとげなくては。


「はっ。この状況になってもまだ諦めないっていうのかよ。相変わらず往生際が悪いよっ」


 お医者さんの言葉で一斉にアンドロイドたちが襲いかかってくる。縦横無尽に動き回るアンドロイドたちにすぐに探偵さんは囲まれてしまう。ナイフを突きつけられそうになるのを必死になって防いでいる。動きたいけれど少女に対しても拳銃は向けられている。少しでも動いたら撃たれてしまうだろう。


「探偵さんっ」

「なぁに。なんとかなるでしょ。弟くんに目を覚まして貰わないとならないからね。嬢ちゃんはそこで見てなって」

「でもっ」


 そうしている間にも探偵さんの身体に傷が増えていく。止められないことが歯がゆくて仕方ない。


「ほらよっ」


 探偵さんが腕を振り払うとふたりのアンドロイドが吹き飛ぶ。


「えっ」」

「なっ、なんで貴様なんかにそんな力がある!」


 確かに探偵さんを起こす際に架せられているリミッターを外した。それはアンドロイドが人間の力までしか使えないって品物だ。それを外したのだから戦闘用アンドロイドと同等の力を有してもおかしくはないがそれにしても戦闘用アンドロイドをあんな簡単に飛ばせると思っていなかった。


「なぜって嬢ちゃんがやってくれたんだろうよ。それこそ弟くんよりアンドロイドに詳しいんじゃないのか?」

「くそっ。本人に直接聞くしか無いみたいだな」


 探偵さんが争っている横をすり抜けるようにお医者さんが近くまでやって来る。


「答えろ。どうしてそんな知識を有しているんだ」

「最初に言ったはず。創造主の記憶データがあるって」

「そんなバカなこと信じろと?」

「信じてもらわなくても構わないけれど、現状を考えればそうとしか思えないはず」


 お医者さんからすれば説明できないことが連続で起きているはずで。


「……キミのリセットはだけはしない。必要なデータだけを解析して破棄だ」


 お医者さんはそう手を少女の身体の中に突っ込んだ。


 痛みが無かった頃でもこの感覚は嫌いだったけれど、痛みが伴うともはや嫌悪感どころの感覚ではない。他者が自分の中へ侵入してくる感覚は何事へも変えがたいものだ。思わず苦痛でうめき声が漏れる。


「ははっ。いっちょまえんに人間気取りか。アンドロイドであるキミにそんな機能はないはずだろ。まあ。それもいい余興か。でも苦しむ時間は短くしてやるよ。そんな声を長い間、聞いていたくないしな」


 身体の中で探られているのは緊急用の停止装置だろう。外ではなく中にしかないのは自分で勝手に押せなくするためだ。お医者さんの手がその装置に近づいていくのが分かる。


 あの様子だと探偵さんはなんとか逃げられそうだし、ホンモノに必要なものも渡してきた。少女がいなくてもこの先、なんとかしてくれる可能性はある。


 身勝手なことばかりしてしまった気がする。お姫様やお医者さんがしてほしかったことはなにもしてあげていない。読んでくれたのはふたりだったと言うのに、都合のいいところばかり自分のものにして、ついには邪魔までした。その結果が自分ひとりの犠牲が済むのであれば悪くない気もする。もっと悲惨な目にあう可能性だってあったのだ。


「さて。これでキミの役目は一旦終わりだ。パーツは使ってやる。またリセット後の世界で会おうじゃないか」


 探偵さんが焦っているけれど、流石にそこからじゃ間に合わないよ。みんなの動きがゆっくり見える。覚悟を決めて目を閉じようとした時。


「ぐはぅ」


 お医者さんが横へ吹き飛んだ。少女の中に入っていた手も勢いよく抜ける。不快感が消え痛みだけが残る。同時にみんなの動きも元に戻っていく。


「なんでっ。なんでキミが僕の邪魔をするっ?」


 お医者さんを吹き飛ばしたのはお姫様だった。少女も戸惑う。お姫様が少女を助ける理由は思い当たらない。


「私が協力していたのはこの世界が続くと聞いていたから。それと探偵さんも……けれど、その探偵さんがその子に協力するって言うのだから私があなたの側につく理由はほとんどなくなったの」


 その割に、助けてくれるまで時間がかかったと思うが、お姫様も悩んだのだろう。この選択は未来へつながるが探偵さんはいずれ死んでしまう選択。


「ふざけるなぁ!」


 お医者さんは自らお姫様に飛びかかるが軽くあしらわられる。お医者さんは戦闘用じゃないのか。自分で前に出なかったのもそのせいか。


 お姫様と探偵さんのタッグは強かった。あっという間に戦闘用アンドロイドを動けなくしていく。


「なんでだよ。どうしてキミたちは僕が選択したことの邪魔をしてくいんだよ」

「それはきっと私達が選択したことにいつまでもしがみついているからでしょう」


 聞き覚えのある声。動けなかったはずの彼女のがどうしてここに?


 いつの間にか動いていたエレベーターから出てきたのは車椅子に乗ったホンモノだった。

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