第8話 お姉さんと少女
「ねえ。ここは何をする所なの?」
お姉さんに人混みではぐれるといけないから手を繋いで歩きましょ。そう言われて、断る理由もなかったので大きな手を離さないままだ。
セントラルのことを直接聞きたかったのだけれど、聞いちゃいけない相手というのがいるのだと探偵さんから忠告されていたし、余計なことをしないほうがいいのだろう。大人しくお姉さんのあとに続く。
「ここはね。楽しく勝負をする所。運だったり、読み合いだったり、色々な要素が重なっての勝負は肌がヒリヒリするの。それを楽しむ場所なのよ。ってお嬢ちゃんはそれも知らないでここに放り出されたわけ? その探偵さんって言うのはろくな人じゃなさそうね。困ったものだわ」
お姉さんの説明もよく分からない。
「あら。よく分からないって顔してるわね。んとね。それぞれのテーブルで遊べるゲームが違うの。ルールがあってそれによって勝負所って言うのが生まれるの。そこにね。自分のお金を賭けるのよ」
「賭けるの? お金を?」
「そう。負けたら没収。買ったら増える。それを楽しんでるのよ。まあ、まだお丈ちゃんには早いわ。もうちょっと大きくなって刺激が足りなくなったら遊んでみるといいわ。たまらないから」
そう太い両腕で自分を抱きしめるポーズをしながら細かく震えている。
「大きくなるの私?」
そんな話を聞いたことがない。
「えっ。もしかしてなにかの病気なの。ごめんなさい。余計なことを言ってしまったわね。気にすることはないわ。今は楽しみましょ。お嬢ちゃんでも出来るゲームはなにかあったかしらね」
そうか。テーブルではそれぞれゲームで遊んでいるのか。と改めて見渡す。気になるものはあったのだろうか。
ゲーム自体知識では知っているものの、遊んだりしたことはない。そんなものが周りに存在しなかったし、誰かが遊びたいと言ったこともない。だから、どのテーブルが面白そうとかそんなことも全く分からない。
「チップは私がいくつか渡すからとりあえず、遊ぶだけならルールを詳しく知らなくても遊べるルーレットにしましょうか」
悩んでいる間に、お姉さんは答えを導き出したようだ。よく分からないまま頷いた少女の手を優しく引っ張りつつ案内を始める。抵抗する理由も見当たらないから大人しく従っているのだけれど。このままだと探偵さんとはぐれてしまう気もする。
そういえば探偵さんはしっかりと仕事を進めているのだろうか。セントラルの情報を少しでも入手しなくては先に進めないのだ。
「ルーレットってなに?」
ちょっと高い椅子に座るためによじ登るように腰掛けて目の前に広がるテーブル上を眺めてから、お姉さんに少女はそう聞いた。
テーブルにはマットが敷かれており、それは赤と黒に色分けされていてそこに数字が書いてある。『1』から『36』までの数字。色のついていない『0』や『00』などよく分からないし。他にも文字や数字が書かれたりしているけれど。どうやって遊ぶのかまったく見当もつかない。
「ほら。あそこに盤があるでしょ?」
お姉さんが指さした先にあるのは円形の盤。その中心には棒が伸びていて、てっぺんは装飾されてある。その装飾はセントラルに建っている塔によく似ている。それをイメージした物なのだろう。そして盤にはマットと同じように数字が円状にぐるりと書かれている。色も書いてある数も同じみたいに見える。そしてそれは数字ごとに区切られた。まるで何かが入るみたいだ。
「あの盤にボールを投げ入れるのだけれど。盤は回転するの、ほら」
盤の前に建っているのは仮面をつけていないので主催側であることが判断できた。彼は塔の部分を手に取るとぐるりと手首をひねって盤を勢いよく回転させる。
「次はボールを投げ入れるのだけど、どこにボールが落ちるのかを見ていて」
お姉さんが言う通りに、盤を見続ける。彼が銀色のボールを手に取ると盤の回転と反対方向に転がす様に投げ入れた。盤の外側をぐるぐると回るボール。しばらく見ているとその勢いが落ちてきて、数字が書かれた仕切りの中に入った。
「あのボールがどの数字のところへ入るかを当てるゲームよ。ホントは賭け方が色々あるのだけれど。難しいことは置いといて好きな数字の部分にチップを置けばいいだけよ」
「それだけ?」
「ええ。それだけよ。ほらこれがチップ」
お金とは違うみたいだけど、形を重さは似ているものをお姉さんから少女は三枚受け取った。これを一枚ずつマットの好きな数字の場所に置けばいいのか。
「うん。じゃあ、ここと、ここと、ここ」
少女が置いたのは『3』『24』『34』だ。理由は特にない。本当になんとなく。テーブルを囲んで座っているほかのみんなもそれぞれ好きなところに置いていく。置く場所にちょっとずれがあったりとお姉さんの言う通り賭け方が色々あるように見えた。
「それじゃあ、回してくれるのを見てましょうか」
先ほどと同じように彼がボールを投げ入れる。ボールは勢いよく盤上を転がり続ける。みんなが息をのむのが分かった。少女は気にしていなかったが、先ほどまで会話が盛り上がっていたのに気づいた。それだけこのゲームの結果が影響を与える範囲は大きいのだ。
だんだんとボールの勢いが落ちていくのをみんなで見守るのは妙な感覚だった。この場で初めて会ったのに。どうしてこんな風に同じものを見ているのか。
ボールの勢いがなくなり数字の場所へ吸い込まれるようにして移動する。
「ちょっと。お嬢ちゃん。あれって」
お姉さんが興奮したように声を荒げる。
ボールはコロンと音を立てて、止まった。そこには『24』と書かれている。
「きゃー! やったじゃない。お嬢ちゃん、すごすぎ。チップ増やしてもらっちゃったし、何か欲しいものでもある? ちょっとくらいならお姉さんが頑張って用意しちゃう」
ピクリと反応する。欲しいものならある。そのためにここまで来たのだ。
「セントラルへの行き方を探してるの。教えてくれないかしら?」
お姉さんはびっくりした顔になって、そこからしばらく無言だった。
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