第22話 もう一周
「ねえ。この辺りに探偵事務所があると聞いたのだけれど。あなた知ってる?」
とりあえずの儀礼的なものだと思い、少女はそう猫に問いかけてみた。
探偵事務所の場所も知っている。わざわざ猫に問いかける必要もない。あたりを見渡す。お世辞にもキレイとは言えない街の風景だ。建物は風化し、人々の顔にも活気はない。猫の方がよっぽと小ぎれいにしている。
「そういえば。あなたは生きているのよね。私たちと違って。不思議。そこに生きている意味はあるの?」
猫に問いかけたところで分かってはくれない。でも、この世界で育んでいる命のひとつだ。であれば理解してくれてもいいのに。と少しだけ不満を募らせる。
「さ。そろそろ探偵さんが来る時間」
少女はセントラルで気絶してしまってから初めて目覚めたときのことを思い出していた。
少女が目を覚ましたのは、街のすぐそば。山の中腹だった。身体を確認したけれど、傷一つ残ってないし、服も街に入る前の恰好。いわゆる戦場を走り回るための制服に戻っていた。それもボロボロになる前の状態だ。
きっとお医者さんがやったのだろう。もしかしたら操られていた探偵さんかもしれない。どちらにせよ、何らかの処置を施してからそこに捨てられたのは間違いなかった。
とりあえず探偵さんは助けたい。あのまま放っておいたらどういう扱いを受けるのか想像はできない。探偵さんは意識覚醒とやらをしていないはず。でも、わざわざ呼んだと言っていたから利用価値はあるのだろう。それがなんなのか分からないが、そうなる前に止めたいとそう思った。
でも、街へ入ろうとして、異変に気が付いたのだ。
「おい。嬢ちゃん。どうして外にいるんだ? 俺たちが嬢ちゃんみたいな存在を外に出すはずはないのだが……まさか何処かの壁が壊れているのか?」
聞き覚えのあるセリフに戸惑う。もしかして、ここにいるアンドロイドは初めて少女を見つけるとそう言えとプログラムされているのだろうかと疑った。でも、違った。
見覚えがある顔。彼は兵器によって壊されたはずだ。それに。
「お姉ちゃん! お外は危ないよっ!」
これまた全く同じセリフ。少女が驚いて返事をしなかったからなのか少し飛ばしているが間違いなく同じ流れ。つまりこの後には。
「ねえ。あなた。その武器を貸してくれない? あいにく武器を持っていないくて、このままだとふたりを助けられそうにないの」
門番の彼は意味が分からないと言った表情を浮かべたがそれもすぐに恐怖へと変化した。
当然だ。兵器が近づいてくる音がし始めるのだ。そして彼は知っているのだ。自分が担当する時間に兵器が現れた場合、自分の命はないのだと。
「守るから早く!」
少女の強めの言葉に門番は拳銃を差し出してきた。
「逃げて」
どうして同じことが繰り返されているのか。まったく理解できていなかったが少女は兵器へと駆け出した。動きのパターンは一緒。であれば排除するのも比較的容易だった。あらかじめふたりに忠告できたことも大きかった。大事になる前に兵器を静かにさせることができた。
「じょ、嬢ちゃんすげぇな。どうしてあんな動きができるんだい? 格好も妙なっこうしてるし、訓練された兵士だったりするのかよ」
門番は恐怖から解放されたからか妙にはしゃいでいた。そして少女はそのことを素直にうれしいと思えたのだ。でも、それは一瞬の事。
そこでひとつの考えが思い当たる。
管理者たちはリセットという言葉を使っていた。そして、この状況はリセットに当てはまっていた。少女が気を失っている間にそれが行われたんだとしたら。
少女はたまらず走り始めた。
探偵さんはどうなったのだ。管理者たちの手の内にあるのであれば、探偵さんは戻っていないのか。探偵さんがいなくても辻褄が合うように彼らはできるのか。
いろいろなことが頭の中を巡った。そうしているうちに探偵事務所へとたどり着く。ごくりと、息をのみながらノックをした。
「はい。開いてますよー。入ってどうぞ」
聞きなじみがある探偵さんの声だ。ゆっくりと扉を開けた。
「あん? ここは嬢ちゃんが来るような所じゃないぜ」
間違いなく少女の知っている探偵さんの姿があって、ホッとする。その一方で探偵さんもリセットの対象だったのだと気づいて。不思議に思う。
そうなのであればどうして管理者たちは探偵さんを捕らえ、わざわざ操るような真似をしたのだ。こんな回りくどいやり方をしなくてもよかったはずだ。
なぞは深まるばかりだったが、とりあえず探偵さんが無事であればいったんはそれでいい。
『ああ。戻してやるよ。もしもまたここへ戻ってこられたらの話だけどね』
お医者さんは確かにそう言った。でも、探偵さんはこうやって戻ってきているし、元通りのように見えた。いったい何がしたかったのか。
「どうしたんだ? 固まって。嬢ちゃんは迷子か?」
少女の事を知らない探偵さんの投げかけになぜだか胸の奥が痛みを覚えた気がした。それがなぜだかしばらく分からなかった。分からないまま、少女は探偵事務所に居ついた。探偵さんとの関係はやり直しだったが、心地がいいことには変わりなかった。それなりに楽しい日々を過ごせたし、変わらない世界を悪くないなと思いながら暮らした。
それは心地が良い時間だった。戦いから解放されて、探偵さんと冗談を言い合いながら過ごす毎日。少女はおそらくだけれど自分は幸せというものを感じているんのだと、そう思った。
時折、セントラルにそびえたつ塔を見上げては管理者たちのことを思い出して、彼らも目的が何で、自分はどうして呼ばれて、解放されたのかと考えることもあったけれど、それを深く考える必要もない日々に、その頻度も薄れていった。
でも。ある時。それが間違いだったと気が付く日が訪れた。
いつものように目を覚ましたつもりだったのだけれど、そこは明らかに街の外。山の中腹だった。新しく買ってもらった白いワンピース姿ではんくて、戦場にいたころの制服に戻っている。
嫌な予感がして、街の入口へと急いだ。
「おい。嬢ちゃん。どうして外にいるんだ? 俺たちが嬢ちゃんみたいな存在を外に出すはずはないのだが……まさか何処かの壁が壊れているのか?」
門番のセリフに思わず足が止まる。
「お姉ちゃん! お外は危ないよっ!」
近づいてきて手を引っ張る女の子を見て、頭が混乱する。
気が付けば走り出していた。後ろで兵器が暴れ始め、門番も女の子も動かなくなってしまうと知っていたけれど、それよりも大事なことがあった。
「ここは嬢ちゃんが来るような所じゃないぜ」
たどり着いた探偵事務所。すっかり住み慣れたその場所は予想通りリセットされていた。
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