第38話 探偵さんの覚悟
銃弾が降り注ぐ中をみなが逃げ回っている。けれど指示を出されていない戦闘用アンドロイドたちは別だ。逃げることもせずに銃弾に撃ち抜かれて動かなくなってしまう。アンドロイドを助けたかった。けれど、動くことすらできない少女にはそんな選択すら出来ない。自分の身を守ることだけで精一杯だ。
そして銃弾を一通りばらまいてなお目標を達成できていない兵器は壁を伝って降りてくる。
「嬢ちゃんはそっちを頼む。俺はこっちを……って。動ける方の嬢ちゃんな。ややこしいぜ。まったく」
ややこしいのは間違いない。ここにいるアンドロイドの型が違うのは探偵さんだけだ。その探偵さんが兵器と一体を抑え込もうとする。しかしそりゃ無理な話。探偵さんより一回りも大きい兵器を抑え込むことなんてできないくて、六本の足と身体から伸びた重火器に翻弄されている。そしてそれはもう一体。そちらはお姫様がすぐさま対応してくれている。しかし、動き回ることであたりの壁にも穴が目立ち始める。崩れる天井は無いけれど、壁まで崩れたら落下する可能性だって出てくる。こんな高さから落ちたら助かる見込みなんて無い。
「くそっ。こいつら。なんど戦ってもやっかいなやつらだな。身体中が硬すぎる」
探偵さんはむやみに兵器を殴っているのでそれはそうなのだ。狙うならつなぎ目。少しでも脆いところを攻め続けないと動きを止めることは出来ない。一方兵器も攻めあぐねている様だった。塔を破壊するときにめぼしいものは使い切ってしまったのかもしれない。それはチャンスでもある。
探偵さんが粘っている間にお姫様がもう片方を片付けてくれさえすれば……。
お姫様の方を確認しようとした時、衝撃と共に壁が崩れていくのが目に入った。大きな兵器が落ちていくのが見える。お姫様、兵器を突き落とすことに成功したらしい。
「やるじゃないか」
探偵さんも喜んでいるが、目の間に敵対するものがいるのにその行動はまずかった。兵器が振り回していた弾の無くなった銃が探偵さんに直撃する。
「探偵さんっ!」
その言葉は複数の者から発せられたはずなのにひとつだった。
探偵さんは少女の方へ飛んできて後ろの壁にぶち当たる。衝撃で探偵さんの口から空気ともうめき声とも取れる声が漏れ出す。心配はする。けれどそれで終われば心配だけで良かったのだ。脆くなっていた壁は探偵さんがぶつかったことにより崩れ落ちる。そしてその瓦礫は塔の外へ、探偵さんを乗せたままだ。
探偵さんが落ちるのを見過ごせる訳もなく、痛みを堪えて手を伸ばす。なんとか引き戻そうと探偵さんの足を掴むことに成功したものの、踏ん張ることは出来ずに探偵さんに引っ張られてしまう。
身体が宙に浮くのが分かった。それは同時におしまいを意味している。
「嬢ちゃんなにやってんだよ。俺なんか放っておけばいいのに……」
落下しながら少女のことを探偵さんが抱く様に引き寄せてくれる。
「なんで嬢ちゃんまで落ちてきたんだ。俺ひとりだったらなんとかなったのかもしれないんだぜ」
それはきっと強がりだ。この高さから落ちて無事である保証なんてない。いくら身体機能を上昇させた探偵さんでもその衝撃に耐えられないはずだ。
「探偵さんは守る。それが依頼だから」
依頼。本当にそれだけだろうか。探偵さんも驚いている。依頼を受けたのはどれくらい前だったのか理解もできないほどの時が流れている。リセット前の依頼が有効だんて少女も思ってはいない。それはきっと建前だ。
「そうか。依頼か。上にいる嬢ちゃんたちは大丈夫かな」
お姫様の実力ならきっと問題ない。なにせ簡単に一体の兵器を落としていた……。
「探偵さんあれって」
落としていたのだ。ほぼ同じタイミングで少女たちと同じ様に。その兵器は脚を伸ばして塔へとへばりついていた。そして明らかにこちらを見つけて狙いを定めている。
「おいおい。マジかよ」
下まで落ちたものだと思っていた。無理やり塔へ脚を伸ばしたからだろう。塔の外壁にヒビが入っている。塔全体に影響はないのだろうかと不安になるほどのヒビを新たに作りながら兵器はこちらへ向かって跳んだ。一緒に落下することも構わないらしい。それくらいお医者さんの命令が強いのだ。
兵器がぶつかりながら脚を少女たちへと向けて突き出してくる。先端は尖っていて万が一、当たれば貫かれてしまう。
「くそっ。くそっ」
探偵さんがそうはさせまいと必死に抵抗している。と言って腕を振り回しているだけだ。上手くいっているのは偶然と上昇した探偵さんの動体視力のおかげ。だからとって落下するまでこのままってことは出来ない。貫かれようが貫かれまいがこのまま落下してしまえば結果は同じ。
持っていたナイフを片手に持つと、探偵さんを押しのけて兵器の方へ跳びうるつる。
「お、おいっ。嬢ちゃんなにしてるんだっ」
兵器にしがみつくと脚と胴体の接合部に向かってナイフを突き立てる。ガコンッと音と共に兵器の脚が胴体から外れる。残り五本。地上に着くまでにそれらを全て外して無力化。そうしてから落下の衝撃にそなえなくてはならない。
「大丈夫。探偵さんは私が守るから」
全てやり遂げて任務完了だ。まともに動けない少女からすれば向こうから近づいてくれた助かった。まだやりようがあるはずだ。
「そんな身体で無茶だ。俺がやるっ。そこをどけっ」
「そんなことを言ったって探偵さんには出来ない」
「た、たしかにそうだが……だからって」
「大丈夫。きっと助かる」
そう押し問答をしている間にもう二本の脚を外してしまっている。これで半分。
「助かるって嬢ちゃんお前さんは諦めてないって言うのか」
「諦めない。それくらいで諦めるような最初から探偵さんを助けようとも思っていない」
「そっか。嬢ちゃんも随分と人間臭くなったもんだ」
探偵さんの意外な言葉に少女は動揺する。
私が人間臭い?
そんなことがあるのか。それが創造主の記憶データが起こしたことのひとつか。そう思えばこの記憶データは誰が仕組んだものなのだろう。お医者さんでなければホンモノでもないと言う。他にそんなことが可能な個体がいるとも思えない。
いや、今はそんなことを推測している場合じゃない。目の前の問題を解決しなくてはそれを考えても全てが無駄になってしまう。
「なあ。嬢ちゃん。なんでそんなに壊れることを怖がるんだ? 弟くんの手にかかればなにもかも治してくれる。それこそ中枢さえ壊れなければ元通りだ。そのことは分かってるだろ」
こんな時にそんな話をするものなのかと思ったけれど、脚をもう一本外し終えたところだ。少しくらい話をしてもいいのかもしれない。
「元通りになってもそれは違うの。まったくの一緒じゃない。それに。何をしてもリセットされる、元通りになるなんて思いながら過ごしていてもきっと精一杯頑張れないと思った。やったことが全てゼロになるなんてやる気も起きない。だから人間は精一杯生きて私達みたいなアンドロイドを造れたんだと思う。だから、人間を模倣する世界を作りたいならそこも模倣したい。それだけ」
「そっか。そうだよな。そうだったよな。じゃあ、やっぱりこれしか無いよなっと」
探偵さんが懐から取り出したのは小型の爆弾。少女はそれに見覚えがあった。セントラルへ向かう通路で探偵さんが兵器を道連れにしたあの爆弾。それを今取り出してどうしょうって言うのか。
「俺も嬢ちゃんを習って必死に生きようとしてみるからよ。嬢ちゃんは絶対に生き残れよ」
探偵さんは何を思ったのか兵器の脚の一本を掴むと無理やり身体を兵器へと密着させる。次に少女の身体を兵器から引きはがすと、重量に逆らうように少女を思いっきり空へと投げた。結果は兵器と少女に少し距離が生まれただけ。
もう地上は間近。最後まで兵器もあがいているがそこに意味はない。どちらにせよ地上に叩きつけられてそれでおしまい。けれど探偵さんは兵器から身を乗り出して爆弾を投げようとしている。それも地上に向かって。
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