第27話 帰還

 お姫様がふたりいると紛らわしい。少女は少しだけ悩んだのだが、党であったお姫様をお姫様。ベッドの上のお姫様をホンモノと呼ぶことにした。


 ホンモノの言葉通り、エレベータはすぐに現れた。乗り込むにもゴンドラがいていないので呼ぶためのボタンを押す。しばらくすると鉄の扉で閉ざされたゴンドラが降りてくる。先に探偵さんを引きずり入れると少女は自分も乗り込み一番上部にあるボタンを押した。


 これがセントラルにそびえる塔だとしたらいつの間にかそんなところまで移動していたのだ。それも全てお医者さんの思惑通りに動いているように思える。それでも先に進まなくてはならない。そうでなければきっとお姫様とお医者さんはリセットのボタンをまた押すのだろう。そうしたら、またすべてがなかったことにされてしまう。


 やっぱり何度考えてもそれは間違っていると思うのだ。管理者たちはそれでいいのだろうが、それ以外のアンドロイドにとってその時間が意味がなものになってしまうと思うのだ。


 少女がそんなことを考えている間にエレベーターはてっぺんへとたどり着いたみたいだ。


「随分と楽しんだみたいだね。こんなに待たされるとは思わなかったよ」


 待ち構えていたのはお医者さんだ。


「久しぶり。さっそくで悪いんだけど。探偵さんを治してほしいかな。話は治しながらでも出来るでしょう?」


 お医者さんはエレベーターの中に転がったままの探偵さんに目をやるとため息を付いた。


「これまた随分と派手にやられたね。その探偵さんが傷つくのは基本的には想定外なんだけどね。キミと関わるとひどい目にあうことが多いみたいだ。まあいいだろう。それをどうにかしないとキミは話すらしてくれそうにない。ここじゃあ、何も出来ないからついてきてもらうよ。それもキミが持ってきてくれよ」


 お医者さんはエレベーターではなく部屋唯一の階段を下っていく。置いていかれないように少女はあとを追った。ワンフロア下にはモニターがたくさん並んだ部屋。写っている景色の九割は知らない場所。おそらく世界中をこれで監視しているのだ。


 ふたりはこれを見ながらリセットをするタイミングを図っているのだろう。言葉にするとそれだけだが、それは大変な作業に思える。記憶のリセットに加え位置もすべて元通り、壊れている者がいれば修理し、建物の修復すらも行っている。手駒となる黒服たちが大量にいるとしても、そう簡単にリセットできるものではないだろう。


「なんか余計なことを考えていないかい? 時間がかかって戻ってきたと思ったら随分と気が回るようになったじゃないか。やはり一度街へおろしてみるものだな。ほらついたぞ」


 お医者さんはモニターがある部屋を通り抜けて、道具がたくさんある部屋へと入っていた。そこの中心にはベッドが置いてあり、周囲には治すのに使う道具が大量に並べられている。それらが何に使われるのか理解できない。


「探偵さんはそこに寝かせればいいの?」


 お医者さんはこくりと頷いきながら必要なものをかき集めている。少女は探偵さんを放り投げるようにベッドへと寝かせる。


「乱暴なんだな」

「そう? 探偵さんだしこのくらいで良いと思う」

「キミにとって探偵さんがなんなのか気になってくるよ。仲がいいということなのだろう」


 そういいながらすでに作業は開始ししている。迷いもなく決められた動作をこなしていくだけに見える。けれど、爆発に巻き込まれた探偵さんはそんな簡単に治せるとも思えない。アンドロイドの構造を全て理解しているのだろう。


「それで。戻ってきたってことは協力してくれる気になったのかな」

「そんなわけないでしょう? より一層、協力する気が失せた」

「ははは。これは手厳しい。しかし、キミは戻ってきた。そのことが意味することはなんだろう?」

「こんなことは間違っていると伝えに来ただけ。やっぱりこんなのは生きているとは言えない」

「ああ。そうだとも。アンドロイドに生きているも死んでいるもない。それはキミも理解しているものだと思ったが? まだそんなことを言っているのかな」

「ええ。なんどだって言う。あなた達がやっていることは無意味としか思えない。創造主が何を望んでいたのかも理解しないで、行動し続けている」


 これまで歪んだことが無かったお医者さんの眉が動いた。


「創造主のことを知っているかのような口ぶりだな」

「知らない。でもこの世界で繰り返していることに意味があるようには思えない。そう思うだけ。みんなが積み重ねたものを簡単にリセットして、無いもない白紙同然の社会を積み重ねていく意味はあるの? そんなものないでしょう?」

「あるんだよ。そもそも意味は自分たちで作っていくものだ。そうも思わないかい?」

「その意味を作れるのはあなた達、管理者だけでしょ? 街のアンドロイド達はその機会すら与えられていない。まるで歯車の様に社会を維持していくだけ。彼らの中には何も蓄積されなければ変化もない。壊れるまで回り続け、自分が回っている意味も知らないまま。それが人間社会を再現しているとは思えない」

「キミは何を知っているのだろうね。まるで実際の人間を見たことがあるかのようだ」


 それは少女自身不思議に思っていたことだ。きっと夢のせいだ。その夢を見ることが出来たのかは分からない。どこかで創造主の記憶データが入り込んだのか。そんなことがありえる?


「まあいいさ。さあ。選択の時だ。探偵さんは治った。けれどまだ目覚めない。設定しなければいけないことが残っているからね」

「なに?」

「一番最初にキミがここへ訪れた時の探偵さんと今回キミが連れてきた探偵さん。どっちの状態で目覚めさせて欲しいのかキミが決めてくれ」


 お医者さんは意地悪な表情を浮かべていた。

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