第30話 届かない祈り


「なっ、何よ……それ……!」


 鳴神の術によって生み出された、無数の脚を持つ毒虫を前にして、思わず後ずさるフレドリカ。


「ごほん……そうですねぇ、大百足おおむかでとでも呼んでおきましょうか」


 咳払いをして元の調子に戻った鳴神は、不敵な笑みを浮かべながら言った。


「A級の中でも上位の存在に匹敵する膨大な霊力を感じるでしょう?」


 既に勝ちを確信している顔である。


「だから何……? S級でなければ、何も問題はないわ……!」


 シルヴィアは、青ざめた顔で精一杯強がってみせる。


「おや、気付いていないのですか? 貴女方はすでに負けているのですよ」

 

 鳴神が宣言した次の瞬間――


「うぐっ……?!」

「ち、ちからが……っ!」


 シルヴィアとフレドリカは、突然地面に倒れ込んだ。


「あなた達は、大百足の発する濃い瘴気をまともに浴びてしまったのです。……当分の間は、立ち上がることすら不可能でしょう」


 勝敗は一瞬のうちに決まってしまったのだ。


「それでは、後始末を始めましょうか」


 鳴神はそう言うと、ゆっくりと二人の前へと歩み寄っていく。


「う……ぐっ、まだ……終わってないわよ……っ!」

「私たちを……どうするつもりなの……っ!」


 フレドリカとシルヴィアは、鳴神を睨んで問いかけた。


「なに、そう簡単に殺したりはしませんよ。貴重な一等退魔師の駒ですからね。――普段は今まで通り振る舞ってもらいます」


 一呼吸おいて、鳴神は続けた。


「……ですが私の計画を再始動させるため、こちら側の内通者として再教育しましょう」


 どうやら、彼は二人のことを味方として洗脳するつもりらしい。


「……私たちに、あなた程度の術師の催眠術が……通用すると思っているの……? おめでたいわね……っ!」

「絶対の絶対に洗脳なんかされないわよッ!」

「そうよ……私たちは……まだ負けていないわ……ッ!」

「覚悟しなさいナルカミっ!」


 *


 ――数時間後。


「鳴神さまの……命令は……絶対です……」

「何でも……言われた通りに……します」


 そこには、洗脳されて土下座を決めるフレドリカとシルヴィアの姿があった。


 二人の身体には、二体に分裂した大百足がそれぞれ巻き付いている。


「まさか、ここまで簡単に堕ちるとは思いませんでしたよ。一等退魔師として、恥ずかしくないのですか?」


 鳴神は、半ば呆れた様子で問いかける。


「あ……れ……? 言うこと……聞いちゃ……ダメなのに……」

「……五大老、さま……たす、けて……」


 すると、二人は少しだけ正気を取り戻す。


「おっと、余計なことを聞いてしまいましたね」


 鳴神がそう言って手を振り上げると、二体よ大百足は二人の身体をきつく締め上げた。


「うぐっ、うあああああああっ!」

「いやああああああああああっ!」


 悲鳴をあげ、もがき苦しみながら、再び精神を支配されていくフレドリカとシルヴィア。


 初めて生命の危機に瀕した二人は、朦朧とする意識の中でとある幻を見ていた。


 この地には、五大老すら超越する力を持ち、人知れずS級の妖魔を祓う神の如き存在――もとい神が存在していて、いずれ自分たちのことを救って下さるのだと。


 有りもしない希望に縋り、ただひたすらに救いを求める哀れな二人の少女。


「かみ……さま……」

「おねがい……します……」


 ――助けてください。


 そう願った次の瞬間、意識はより深い闇へと堕ちていくのだった。


 かくして、鳴神による洗脳は完了してしまったのである。

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