第21話 嵐の前の静けさ?


「ごちそうさまでした」

「おにーちゃんっ! ボクの手料理美味しかった?」

「うん。すごく美味しかったよ」


 僕は、湊の問いかけにそう答えた。


「褒めてもなにも出ねェぞ……!」

「えっ……こわい……」


 なにその反応……照れ隠し……?


「でもおにーちゃんありがと! だいすきっ!」

「な、なんなの……?」


 弟の情緒が不安定すぎる。これが思春期というやつなのだろうか? ちょっと違う気がするな。


 そうして、朝食を食べ終えた後は、各自で支度をしていよいよ出かけることになった。


 映画が始まるのは十二時からだけど、二人とも念のため早く出発したいらしい。


 まったく、心配性だなあ。


「二人とも、準備できた?」


 僕が問いかけると、二人は元気よく首を縦に振った。


 どうやら大丈夫そうだ。


 ……でも、一つだけ気にかかることがある。


「あの……その格好でいいの?」


 二人が着ていたのは、お揃いのパーカーだ。湊が黒で、渚が白いものを着ているので、いつもと印象が逆である。


「和服とゴスロリでも、お兄ちゃんは別に気にしな――」

「やだよ。汚れるじゃん」

「お高いのだぞ。外で何かあったらどうする!」


 あ、そうなんだ……。


「そ、そんなに高いの?」

「小学生の時から貯めてたお年玉が消し飛んだ」

「右に同じ」

「ひえ…………」


 思った以上だった。

 

 もし弁償することになったら、僕のバイト代も余裕で消し飛ぶんだろうな……。


 おそろしや。


「ところで兄者……お主の方こそ、その姿で行くつもりなのか?」


 僕が恐れおののいていると、渚が突然そんなことを聞いてくる。


「そうだけど……普通の服でしょ? いつも家で着てるし……」

「いや……我が言えたことではないが……」

「………………?」

「うーん……どうしたものか……」


 渚が言いづらそうにしていると、湊が代わりに苦笑いしながらこう言った。


「ふ、普通ではないかなー……あはは……」

「えっ…………?」


 そんなことはないはずだ。


 僕が着ているのは、黒で大きく「兄」という文字がプリントされた灰色のTシャツだ。唯一自分で買った、お気に入りの服である。


 値段はなんと二千円! 我ながら奮発したなぁ……!


「『兄』って……どういうセンスなの?」

「もしかして……『長男』とかの方が良かった……?」

「いや、そういうことじゃない」

「じゃあ、『弟』と『妹』のTシャツも買って欲しかったってこと……?」

「もっと違う」

 

 食い気味に否定する湊。


 一体、この服のどこに問題があるのだろうか? 


「面白いと思うんだけど……」

「わかった! もう、お兄ちゃんの好きにしたら良いと思うよ! ボクは止めない!」


 湊は若干投げやりな様子で言った。


「くっ、本物には勝てぬということか……!」


 渚も納得してくれている様子だ。


「よかった。じゃあ行こっか!」


 こうして、僕たちは家を出発するのだった。


 まずは凪江駅へと向かい、紆余曲折を経て、映画館のあるショッピングモールへと到着する。


 現在の時刻は午前十時。映画が始まるまであと二時間もある。


「まだかなり時間があるけど……どうするの?」


 僕は背後へ振り返り、二人に向かって問いかけた。


「僕はぼーっとしてるだけでいいなら、座ったまま二時間くらい何もしないでいられるけど……」

「却下だ兄者!」


 僕の案を力強く否定する渚。


「……お兄ちゃんに服を買わせる……とか?」


 困っていると、湊が答えた。


「そうだ! 名案だぞ湊! 服を買わせよう!」


 渚までそんなことを言い始める。


「え、ええっ?!」


 驚きのあまり、ついおかしな声を出してしまう僕。


「だ、大丈夫だよ。お兄ちゃん、着る服なら四着くらい持ってるし……制服入れてだけど……」

「そのTシャツと制服ぬいたら二着じゃん! 少なすぎるでしょ……!」

「確かに、兄者はもっと服を持っていた方が良いかもしれんな。……ネタじゃないやつ」


 渚は、腕を組んで僕の方を見ながら言った。酷い。


「こ、この服だってネタじゃないよ……! 本気で選んだんだよ……!」

「さっき面白いとか自分で言ってたじゃん」

「それは言葉の綾で……!」

「はいはい、ボクと渚でお兄ちゃんに似合うのを選んであげるから、大人しく服買いに行こうねー」


 そうして僕の手を引っ張り、笑顔でこちらを見る湊。


 逃げ出そうにも、背後には渚がいる。


「で、でも……店員さんと話せない……!」

「兄者はぶれないな」


 それに、この二人に服を選んでもらって大丈夫なのだろうか。


 確かに僕と比べたらお洒落なのかもしれないけど、センスが独創的すぎて別々の方向に突き抜けている気がする。


「ぼ、僕……あんまり派手なのは……ちょっと……」

「大丈夫、分かってるって。……その服は特に疑問を持たないで着れるのに、今さら恥ずかしがってる意味がよく分かんないけど!」

「兄者の望み通り、最適な都市迷彩を選んでやろう! 泥舟に乗ったつもりでいろ!」


 ダメじゃん!


「じゃあ、行こー!」

「前進するのだ!」


 どうしよう……!


 僕は、この状況を打開するための策を必死に考える。どうにかして諦めてもらわないと……!」


「はっ!」


 その時、ちょうど目の前に美味しそうなクレープ屋さんがあることに気づいた。


 ――これだ!


「ふ、二人とも! あれ! クレープ食べようよ! お、お兄ちゃんがお金あげるからっ!」

「え、ほんとー?!」

「食べたい!」


 ……こうして、僕は難を逃れるのだった。めでたしめでたし。

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