第20話 おそらく平和な日常
「おにーちゃんおっはよー!」
翌朝、元気のいい挨拶と共に布団が勢いよく剥ぎ取られた。
「………………はっ!」
同時に、僕は悪夢から目覚める。
「ふぇ……な、なにごと…………?」
「おにーちゃんおっはよー!」
いきなり起こされたせいで頭が働かない。僕は周囲をきょろきょろしながら何度も瞬きをする。
ベッドのすぐ横に立っていたのは、花柄の浴衣を着た湊の姿だった。
いつも通りだから特に驚きはない。
「う、うぅ……っ」
――それにしても、眠い!
昨晩も黒いローブを着た変な人達に召喚される悪夢を見ていたので、全然寝た気がしないな……。
「おにーちゃんおっはよー!」
「も、もう少しだけ……寝かせて……」
「おにーちゃんおっはよー!」
「うぅ……もう少し……」
「おにーちゃんおっはよー!」
「おはよう……ございます……」
根負けした僕は、大人しく起き上がった。
「ちゃんと起きられて偉いねお兄ちゃん!」
「…………ど、どうも」
快眠するためにお祓いにでも行こうかな。……というか、月城さんにお願いしたら祓ってもらえるかも。
でもそんなことしたら、呪いじゃなくて僕の人格の方が祓われそうだ。中学生の時、裏で幽霊って言われてたし……。
「うっ…………!」
悲しいからこれ以上は考えないようにしよう。
「と、ところで湊……」
僕は気を取り直して、朝早くに起こしにきた湊の方を見る。
「聞きたいことがあるんだけど……」
「なに?」
「今日……休みの日だよね……?」
「そう! 今日は土曜日だよ!」
「じゃあお兄ちゃん、もっと寝てても良いよね……?」
「だめ!」
満面の笑みで答える湊。
「ど、どうして――」
「お兄ちゃん、今日の予定は?」
僕の問いかけを
「お、お家でゲームして、ごろごろします……」
「知ってた! お兄ちゃんに予定なんてあるわけないよねー!」
「………………」
僕はもう一度布団をかぶり、目を閉じた。
「ご、ごめんねっ! 言いすぎちゃった!」
「本当のことだから……言いすぎなんかじゃないよ……でもつらいから寝るね。おやすみ……」
「おにーちゃん……」
次の瞬間、僕の布団が再び勢いよく剥ぎ取られる。
「どさくさに紛れて寝ようとするんじゃないッ!」
どうやら、目論見がバレてしまったらしい。
「ど、どうして寝かせてくれないの……?」
このままでは埒があかないので、仕方なく理由を聞いてみることにした。
「まさかお兄ちゃん……忘れちゃったの!?」
すると、湊は驚いた様子で言う。
「えっと……?」
まったく心当たりがないけど、何かあったっけ? 記憶を探って必死に思い出そうとしていると、湊が言った。
「今日は、ボクとお兄ちゃんと渚の三人で映画を見に行くって約束だったでしょ!」
「えいが…………?」
おかしいな。そんな約束をした覚えはないけど……。
「忘れちゃうだなんて、お兄ちゃんはひどいよ……ボクは今日という日をこんなにも楽しみにしてたのに……ぐすっ」
湊は目を潤ませて僕のことを見つめる。
「ご、ごめんね……!」
「まあ、ウソなんだけどね」
慌てて謝ると、湊は平然とした様子で言った。
「今の嘘……つく必要あった……?」
「ないよ! お兄ちゃんの反応が面白かったからついからかっちゃった! ごめんね!」
「このぉ……!」
まったく、湊は人のことをからかうのが好きだから困る。一体誰に似てしまったのだろうか。
そういえば、小さい頃の僕もこんな感じだったような気がするな。
……僕だった。
「本当はボクと渚とお母さんの三人で見に行くはずだったんだけど、お母さんは急に仕事が入って行けなくなっちゃったんだって。だからお兄ちゃんに連れてってもらえって言われたー! ――チケットもちゃんと三枚買ってあるよ!」
「そうなんだ……」
たぶん、母は最初から僕を外へ引っ張り出すつもりでそんな約束をしたのだろう。湊も映画を楽しみにしてるみたいだし、チケットまで買われていたら断り辛い。
僕はお家でごろごろしていたいのに……。罠にはめられた。
「頼りにしてるよおにーちゃん!」
「う、うん……」
そんなことを言われても、渚と湊と僕の三人で外出する場合、一番頼りにならないのは僕だ……!
「え、映画見に行くだけなんだから、この世の終わりみたいな顔しないでよ……」
「い、いや、そういうわけじゃないよ……!」
湊が悲しそうに俯いてしまったので、僕は慌てて言った。
「ボクね、たまにはお兄ちゃんと一緒にお出かけしたいな……」
すると、上目遣いでこちらを覗き込んでくる湊。
すごくあざとい。研究された可愛さを感じる。
「…………ところで、何の映画を見るの?」
断るわけにもいかないので、僕は湊に問いかけた。
「ん……? 高校生が青春する恋愛映画だよ!」
すると、絶望的な答えが返ってくる。
「ひっ! ひっ! ひっ!」
「過呼吸になってる……」
湊は呆れた様子で僕の背中をさすってくれた。
「ウソだよ。ほら、最近話題のホラー映画、あるでしょ?」
「ふーっ、ふーっ……」
「ガチで追い込まれてるじゃん…… お兄ちゃんはいちいち反応が面白いね!」
「あ、あんまりいじめないでください……」
「人聞きが悪いなあ。ボクはからかってるだけだよ!」
だけど、ホラー映画なら僕でも見ることができそうだ。
なぜなら、仮にカップルが出てきたとしても生き残る確率が低いから。一安心である。
一つ問題があるとすれば、そもそも僕は怖いものが苦手だということくらいだろうか。
「……で? お兄ちゃんはもちろん一緒にお出かけしてくれるよね!」
「が、学校のお友達とかを誘えば良いんじゃ――」
「ありがとうお兄ちゃん! じゃあ早く着替えて準備してね!」
湊との会話が一番ホラーかもしれない。
「せっかくだし、今日はボクが美味しい朝ご飯を作ってあげる! お兄ちゃんのこと起こしちゃったお詫びも兼ねて!」
でも優しい……。
「だからお兄ちゃんは渚を起こしてきてね!」
「は、はい」
飴と鞭を使い分けられている……弟に。
「二度寝しちゃだめだよ!」
湊はそう言い残して僕の部屋を後にし、ばたばたと階段を降りていった。
「……起きるしかないか」
僕も自分の部屋を出て、階段のちょうど目の前にある渚の部屋を訪ねる。
「……渚、朝だよ。映画見に行くんでしょ?」
ドアをノックしてそう呼びかけてみるが、返事はない。休みの日の渚は僕以上に寝起きが悪いから、予想通りだ。
僕は仕方なく、ドアを開けて中の様子を伺う。
「うわぁ…………」
そこに広がっていた衝撃的な光景を目の当たりにし、思わず言葉を失った。
「こ、これは…………っ!」
壁にたくさん掛かっている謎の鎖。足元に転がる死神が着てるやつみたいな黒いマント。そして、無駄にかっこいい竜の意匠があしらわれた剣。
さらに、敷かれている
「す、すごい……」
あと豆電球が点いている。
漆黒のダークネスイリュージョン・ナギサは、部屋が真っ暗だと怖くて眠れないのだ。
――と、それはおいといて。
「前よりすごくなってる…………!」
ちょっと見ない間に、どんどんと部屋の内装が厨二仕様になっている。渚の部屋はどこを目指しているのだろうか。僕はとても不安な気持ちになった。
それと、所々センスが厨二というより小学生の男の子っぽいのはなぜなのだろう。竜の剣とか、小さい頃の僕が振り回してたやつだし。一体誰に似てしまったのだろうか。
……僕だった。
「二人とも……小さい頃の僕に似てるだけだ……!」
認めたくない事実だ。僕なんかに似てしまったら、二人の今後の人生が悲惨なことになってしまう……! どうにかしないと……!
「うーん……むにゃむにゃ……」
「…………はっ!」
一人で勝手にネガティブな妄想を膨らませていた僕だったが、渚の声で我に返る。
――とにかく、今は渚を起こさないといけない。
僕は足元の剣やマントを踏まないようにそっと移動し、どうにか渚のベッドへ辿り着く。
「渚、起きて」
そして、寝ている渚の体を軽くゆすった。
「う、ぅう、我を呼ぶのは……一体何者だ……!」
「お兄ちゃん」
「…………ふっ。
「起きてるよね?」
僕は思わずそう問いかけるが、渚からの返事はなかった。
じゃあ、今のは寝言? 渚は寝言までこんな感じなの……?
そういえば、外国へ行ってずっと英語を話し続けていると、寝言まで英語になるって話を聞いたことがあるけど……渚も似たようなものなのだろうか。
思ってたよりさらに重症かも……?
「ククク、どうした? 手も足も出ないのか……」
「渚、朝だよ起きて!」
「ん…………?」
僕が頑張って大きな声を出すと、ようやく渚は目を見開いた。
「あ……お兄ちゃん」
「寝言がすごかったけど……大丈夫……?」
「……ううん……だいじょうぶじゃない」
渚は眠そうに目をこすりつつ、ベッドから起き上がった。
基本的に寝起きが悪いので、すごくテンションが低い。
「顔……洗ってくる……」
「行ってらっしゃい……」
まだ寝ぼけているらしく、ふらふらと部屋のドアまで歩いていく渚。
「んぎゃっ?!」
途中で剣を踏んずけて悲鳴を上げ、悶絶する。
「だ、大丈夫?!」
「いったい……くそっ……」
「ちゃんと片付けないとだめだよ……!」
「……うん……ごめんなさい」
とても痛そうだった。哀愁漂うその後ろ姿を見送りつつ、僕は呟いた。
「寝起きは素なんだ……」
寝言はあれなのに。意外な発見である。
「まあ、当然か……」
それから、廊下にある洗面所でばしゃばしゃとする音が聞こえた後、渚が戻ってきた。
「ただいま」
「お、おかえり」
まだ寝ぼけてる。
「着替えないと……」
そう言って、僕の目の前でパジャマを脱ぎ始める渚。
「あの、いくら影が薄いからって、お兄ちゃんの存在を忘れないでね」
「あ。…………きゃあ」
そう指摘された渚は、全然恥ずかしくなさそうな悲鳴を上げた。そして、僕を部屋の外へと押し出す。
「へんたいだ、おまわりさんこのひとです」
「そういうのいいから、早く着替えようね」
「うわ……ノリわるすぎ……」
「ご、ごめんなさい……」
なぜか謝る僕。渚の謎のノリについて行ける人間がいるとしたら、湊くらいだろう。
「ふぅ……人を起こすのって大変だな……」
ともかく、これで使命は果たした。
することもないので一階のリビングへ降りようとしたその時、渚の部屋のドアが勢いよく開け放たれる。
「紡がれるフラグメント、刻まれるタイムレコード――秩序と混沌の狭間で、世界は尚も選択を続けるのか……」
どうやらスイッチが入ったらしい。でも、よく分からないのでここはスルー。
「おはよう兄者!」
そして、ゴスロリ服を身にまとったいつもの渚が登場した。着替えるのがすごく早い。
「お、おはよう、渚……」
「うん? なにやら下から良い匂いがするぞ?」
「湊が朝ご飯を作ってくれてるんだよ」
「女子力っ……!」
僕の言葉を聞いた渚は悔しそうな表情で言った後、ばたばたと階段を下りて行った。
「……僕も行こ」
かくして、リビングへ下りた僕たちは湊の作った朝食を食べるのだった。
ちなみに、メニューはジャムパンとスクランブルエッグとベーコン、それから野菜スープだ。女子力……っ!
なぜか僕も敗北感を味わうことになった。
でも、大和撫子なのにがっつり洋食……っ!
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