第19話 とても簡単なお仕事


「きッ、貴様ああああっ! いなごの王アバドンの名のもとに! 全身を八つ裂きにしてやるううううッ! 死よりも恐ろしい我が渾身の呪いを食らうがいいわッ!」


 大バッタを悪霊退散すると、いつものように声が響いてきた。


 毎回、恨み言を残していくシステムはやめてほしいな……。心が痛むから。


 僕は思わず耳を塞ぐ。


「覚えてい――」


 すると、驚いたことに声が聞こえなくなった。


 脳内に直接語りかけてきている感じだったのに……物理的に遮断できるんだ。


 意外な発見である。


「そろそろかな……?」


 しばらく時間をおいてから、僕は耳から手を離した。


「我は何度でも蘇り貴様をおおおお――」


 まだ喋ってた。僕はすぐに耳を塞ぐ。


「……………………」


 そこから、さらに五分ほど待ったうえで手を離すと、今度は静かになっていた。


 どうやら、これで無事に大バッタの怪を退治することができたらしい。


 一件落着である。


「よし、まずは一匹目……!」


 ぶつぶつと独り言を呟きながら、小さくガッツポーズをして喜ぶ僕。


 この調子で頑張ろう! ……と思っていたら突然電話がかかってきた。


「うん……?」


 ――月城さんからの着信だ。


 家族以外から電話がかかってくることなんて滅多にないので、一瞬だけ詐欺の電話かと思って警戒してしまった。


 とにかく早く出よう。


「も、もしもし……」

「そっちに何か異常は?!」


 月城さんは、焦った様子で聞いてきた。


「え、えっと……」


 困惑する僕。


「……いいや、こうして話せているということは、特に問題なさそうだな」


 やがて、安堵した様子で言う月城さん。


「あの、何かあったんですか……?」


 気になった僕は、そう問いかけた。


「……ああ。たった今、世界じゅうにある全ての検知器が一斉に異常な動作をしたらしいんだ。君のところもそうだっただろう?」

「は、はい」

「すぐに収まったが……嫌な反応のしかただったからな。念のため……連絡をして回っているんだ」


 どうやら、さっきの異常のせいで色々と大変なことになっているらしい。


 魔法講師の人って忙しいんだなあ、と思った。


「――あの、そういえば今、僕のところに一匹だけ妖魔が出てきました」

「それは本当か? どんな妖魔だった?」

「……えっと、すごく大きいバッタの妖魔です。ぼ、僕でも簡単に倒せたので……あんまり危なくないと……思いますけど……」


 ちゃんと等級を測らずに爆散させてしまったので、少し後ろめたい。


「バッタの妖魔……なるほど、鬼飛蝗オニバッタか。確かに、単体ならそれほどの脅威にはならないな」

「あの、もしかしてその妖魔が異常の原因だったり……しませんか? 弱いけどすごく大きかったから、そのせいで検知器が誤作動したのかも……」


 僕は疑問に思ったことを問いかけた。


「……いや。鬼飛蝗は虫嫌いの私が泣いて逃げ出すほどの大きさだが、所詮はF級の妖魔だ。検知器を誤作動させるほどの霊力は持っていないだろう」

「なるほど……」

「しかも世界中だぞ? 絶対にあり得ないな」

「た、確かに……!」


 あんなに大きいのが一番下のF級なんだ。やっぱり妖魔って怖いんだな。


 でも、僕の判断は間違っていなかったみたいなので良かった。


「……検知器の挙動が少し気がかりだが……まあいい。引き続き注意していてくれ。九時になったらまた私から連絡する」

「は、はい」

「それと念のため言っておくが、わざわざ部屋にこもって三時間ずっと検知器と睨み合う必要はないからな。暇な時間は自由に過ごしていいんだぞ」

「分かりました……!」


 公認でさぼらせてくれるだなんて、とてもホワイトなお仕事だ。僕は一周まわって申し訳ない気持ちになる。


 果たして、本当にこんなことでお金を貰ってしまって良いのだろうか?

 

「では切るとしよう」


 月城さんは、そう言ってすぐに通話を終了させる。


「さてと……」


 自由とはいえ、遊ぶのは何となく気が引ける。


 なので、その後はゲームではなく勉強をしながら検知器の監視を続けた。


 ……だけど結局、九時まで特に何も起こらず初日のバイトが終了した。


「……今日の仕事は終わりだ。後は我々に任せておけ」

「は、はい」

「まさか、初日から一匹仕留めることになるとはな。大変だったじゃないか。お疲れさま」

「お、おつかれさまでした……」


 こうして、僕の初めてのアルバイトは終了したのだった。


 通話を切り仕事から解放された僕は、にやにやが止まらなくなる。


「こんなに楽なバイトがあるなんて……もしかして僕、騙されてるんじゃないかな……えへっ、えへへへへへっ」


 お給料をもらえたら、渚と湊に何か買ってあげよう。少しは僕のこと見直して、尊敬してくれるかも……! 


「いや、むしろ現金を直接見せびらかして……成金の風刺画みたいに……ぐへへ……!」


 僕は密かに、弟と妹をお金で買収する野望を抱くのだった。


 家族の絆…………。


 *


 初めてのアルバイトから、だいたい二週間が経過した。いよいよ今日が最初の給料日である。


【いつき君、お疲れサマ!!! 今日はお姉さんがキミのバイト代を渡してあげるから、駅で待っててネ! 勝手に帰っちゃダメだヨ(笑)お姉さんいつまでも待ってるから! よろしくネ!】


 学校の帰りにスマホを確認すると、そんなメッセージが入っていた。


 どうやら月城さんが凪江駅で待っているらしいので、僕はいつもより急いでそこへ向かう。


「やあ一樹君!」


 駅へ到着してすぐ、月城さんは手を上げながら僕の方へ駆け寄ってきた。


「こ、こんにちは……」

「では行こう」


 そう言って、僕の腕を引っ掴む月城さん。


「ど、どこにですか……?」


 突然のことに、僕はびっくりしながら問いかける。


「前と同じ店だ。ここで渡すと絵面がやばいからな……」


 すると月城さんは、人目を気にしながらそう話した。


 スーツを着た女の人から、謎のお金を貰う男子高校生。


 ……た、確かに、道行く人たちから変な目で見られそうだ。場合によっては怪しまれて警察を呼ばれるかもしれない。


「とにかく、すぐに済ますから一緒に来てくれ!」

「は、はい」


 こうして僕は安穏茶屋へと連行され、そこで給料の入った封筒を渡されるのだった。


 貰った金額は一万七千六百円。ゲームソフトが二、三本買えてしまうお金である。


 この調子でアルバイトを続ければ、きっと億万長者になれるだろう。目指せ、貯金額一億円!


「いやそれは無理! あっ、そうかー! ふへへへ……っ!」


 金曜日で明日から休日なうえに、お金まで貰えてしまった僕は、ニコニコしながら家に帰り、上機嫌で夜ご飯を食べ、笑顔で眠りにつくのだった。


 毎日楽しいな! 今日は良い夢が見れそう!

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