第18話 S級妖魔をトリプルキルする少年(無自覚)


「ただいま……」


 休み明けの月曜日、いつものように学校から高速で帰宅した僕は、自室にある勉強机の引き出しから妖魔検知器を取り出した。


 そして、今はまだ何の反応も示していないそれを床の上に置き、正座する。


「緊張するなぁ……」


 今日がいよいよ初アルバイトの日だ。


 妖魔が出現し始める時間帯である六時から九時までの間、自室でこの検知器の針とにらめっこしていなければならない。


 針が動いて、妖魔の出現が確認された際の対応は主に二パターン。


 反応がE級以下だったら自力で対処、D級以上だったら月城さんに連絡。


 とにかく、この二つさえ覚えておけば大丈夫だ。きっと僕にでもできるだろう。たぶん……。


「あまり人と話さなくていい仕事なんだ……頑張るぞ……!」


 僕は気合を入れ直した。


 ――ちなみに、妖魔退治のシフトは月曜日と水曜日の週二日で、時給は基本的に千百円。強い妖魔を祓える実力を示せば、もっとお金が貰えるようになるらしい。


 でも、そうすると命が危ないし怖いし大怪我とかしたら家族から心配されちゃうから、そこまでは頑張らなくて良いよね。うん。


 月城さんも無理はするなって言ってた。バイトとして採用された現時点で、僕にしては十分頑張った方だ!


 ……そんなことを考えて自分を慰めながら検知器の監視を続けていると、何も起こらずに三十分ほど時間が経過した。現在時刻は六時半である。平和だなあ。


「ただいま~!」

「しっ、お兄ちゃんがバイト中!」

「あっ、そっか~」

「念のため静かにしておこう」

「うんうん!」


 おまけに、どうやら湊と渚が帰ってきたらしい。ちょっと緊張感が薄れてきたかも……。


「いたた……っ」


 僕は正座から立ち上がって部屋を出る。そして、階段越しに玄関の方を覗き込みながら言った。


「おかえり二人とも。人と話すようなアルバイトじゃないから、静かにしてなくても大丈夫だよ!」


 仲良く靴を脱いでいた二人は、顔を見合わせる。


「……ふーん。じゃあ爆音でカラオケ大会しよ!」

「うわっ、近所迷惑の権化」


 なんだかすごく物騒な会話が聞こえてきた気がするけど、おそらく冗談だろう。部屋に戻ろう。


 僕は自室へ引きあげ、再び検知器の前で正座した。ちょっと足が痺れてきた気がする。なんで正座してるんだろ。


 それにしても――


「意外とひまだな……」


 どうやら、たったの三十分じっとしていたくらいで仕事に飽きてしまったらしい。我ながら忍耐力が無さすぎる。僕はあくびを噛み殺した。


「………………」


 ……よく考えたら、数分おきに針が動いていないか確認すれば問題ないよね。こんな真面目に検知器を見張っている必要なんて始めからなかったのかもしれない。


「……ゲームしよ」


 妖魔を祓うバイト中なのに悪魔の囁きに負け、初日からさぼることに目覚めてしまった僕は、ベッドの脇に置いてあるゲーム機へ手を伸ばす。


 ――その時だった。


「あ、あれ……?」


 僕は思わず目を見張る。突然、検知器の針が奇妙な動きをし始めたのだ。何もしていないのに、ひたすらグルグルと回り続けて止まらない。


「故障かな……?」


 僕は検知器を覗き込みながら、そんなことを呟く。月城さんに連絡するべきだろうか。


「フハハハハハハッ!」


 そう思った次の瞬間、家の外から謎の笑い声が響いてきた。


「蠅の王と化蜘蛛が亡き今、この地の支配者となるのは俺様だァ! 全て破壊し尽くしてやるゥ! ひれ伏せ雑草どもおォ!」

「うん……?」


 ……嫌な予感がした僕は、ゆっくりと窓へ近づき、公園の方を見る。


 するとそこには、上空を飛行する巨大なバッタの姿があった。


「わっ……また東京ドーム一個分シリーズだ……」


 ずっと思ってたことだけど、虫を巨大化させちゃ駄目でしょ。グロいから……。


 ……でも見た感じ、僕が簡単に倒せたハエと同じ危険度だろうし、妖魔としての等級はE級以下だと考えて問題ないだろう。


 憶測だけど、検知器がおかしな挙動をしているのはサイズが大きすぎるせいかもしれない。


「手始めに、ここら一帯の全てを喰い尽くしてくれるわッ!」


 目の前の妖魔について考察していると、危険な発言が聞こえてくる。


「と、とりあえず……倒しておこう」


 僕は窓越しに念力を飛ばす。


「ぐわああああああああッ!」


 そして、いつものように大バッタを爆発四散させた。

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