第17話 おかしな夢


「…………うん?」


 気付くと、僕は何かに包み込まれていた。もちろん布団ではない。ちょっとねばねばしてる感じで気持ち悪い。


 周囲は真っ暗で肌寒く、水の滴る音が聞こえる。まるで洞窟の中のようだった。


「あれ……?」


 僕の発した声が反響する。


「う、うごけない……」


 ていうかここ、洞窟の中そのものじゃない……?


 ついさっきまで、ベッドの上で寝転がってたはずなんだけど……。


「…………なるほど、夢か」


 そこで僕は、ようやく自分がおかしな夢を見ているのだと理解した。


 おそらく明晰夢というやつだろう。


 最近は現実で変なことばかり起きるからなあ……。きっと、それに影響されて夢もこんな感じになっちゃうのだろう。


「夢なら別にいいや……おやすみなさい……」


 僕は再び目を閉じた。


「――ご機嫌よう」

「ひゃぁっ!?」


 その瞬間、耳元で複数人の女の人から囁かれているような感じがして、僕は思わず悲鳴を上げる。


「なっ、なななななに?!」

「私達は都知久母土蜘蛛。またの名を――夜都賀波岐八束脛

「や、やつ……?」

「私達はつちぐも都知久母。またの名を――やつかはぎ夜都賀波岐

「やつはし…………?」


 二回言ってくれたけど分からなかった。でも、甘くて美味しそうな名前だ。


「蜘蛛の子らを取りまとめる長……といえば理解していただけますでしょうか?」

「…………?」


 余計に分からなくなりました! 


「――まずは、いきなりここへ呼び出したことをお詫び申し上げます、暴食の悪魔」

「ぼ、ぼうしょく……?」


 ……どちらかといえば僕は少食だけど。


 おまけに、悪魔って言われるほど悪いことはしてないはず……。


 ……いや、やっぱりしてます! 山を消し飛ばしてすみませんでした!


「……ですが、私達も卑しめられた呼び名より生じた身……。そこで大人しく話を聞いてくれるのであれば、同じ苦しみを持つあなた方と争うつもりはありません」


 それにしても、さっきからずっと耳元で一方的に話されているので、全身がゾワゾワする。鳥肌がすごい。


 声が重なってるのに一人みたいな話し方だし……両耳に囁いてくるし……なんか気持ち悪い夢だな……。


「ここへ呼んだのは――」

「あのっ!」


 勇気を振り絞って話を遮った。


「た、たぶん……人違い……だと思います……」

「――はい?」


 静寂が辺りを包み込む。


「えっと、僕……そんなにご飯食べない方だから……どちらかといえば少食の悪魔ですし……」

「……貴様、何者だ」


 突然低い声になって、脅すように問いかけてくる正体不明のお姉さん達。


「………………っ!」


 すごい悪夢だ……! 


「穢らわしい……どこから入り込んだ?」

「………………起きたら……ここに、居ました……」

「黙れ」

「………………」


 理不尽すぎる。


 ひょっとすると、湊なら喜ぶかもしれないけど……僕はこういうのいやだ! 泣きそう……。


「――クククッ、そうかそうか。……全く無関係の卑小な人間が来てしまうとは、悪魔召喚の秘術とやらは当てにならんなぁ。よもや、貴様如きがヤツを亡き者とし、その地位を継いでいる……などということもあるまいし」

「………………?」


 一体何の話をしているんだろう。ヤツって誰のことなんだろう。僕の夢なのに置いてけぼりにしないでほしいな……。


「……さて、此奴こやつをどうしてくれようか」

「あ、あの……そろそろ帰してもらっても良いですか……?」


 僕は恐る恐る問いかけてみる。体の動かせないので、早く夢から解放されて自由になりたい。


「耳障りな鳴き声だ」

「ごめんなさい…………」

ね」

「ひ、ひどい……」


 ものすごい殺意を向けられている。寝てただけなのに……どうしてこんな目に遭ってるんだろう……。


 実は月城さんと会話したことがトラウマになってて、それが夢に現れてるのかな……。


「――まあよい。戯れに手足でも千切って並べてやろう」

「え」


 女の人達が言ったその瞬間。


「あ、あ、ああ、ああああああああ」

「ひぃっ!」


 突然、僕より一回りくらい大きい気持ち悪すぎる蜘蛛たちが、うめき声のようなものを上げながら周囲に降ってきた。


「わああああああっ!?」


 段々と目が慣れてきたから分かったけど、今まで僕の体を覆っていたのは蜘蛛の糸だ! この暗い洞窟全体が蜘蛛の巣になってる!


「生きたまま内側から食い破られるがいいわ! アッハッハッ!」


 しかも、僕の正面に居たのは…… 東京ドーム一個分くらいのものすごく大きなクモだ! 大きすぎて影だと思ってた! 


「あー、ぁあ、あ、あ、あ、あ」


 そうこうしている間にも、周囲の蜘蛛たちが変な鳴き声を発しながら近づいてくる。


 蜘蛛って普通鳴かないよね……って、人の顔が付いてるじゃん! 人面蜘蛛だ! 気持ち悪い! 夢なら早く覚めて!


「わーーーーーーーーーーーーッ!」


 あまりの気持ち悪さに、僕は叫びながら超能力を発動した。


「悪霊退散! 悪霊退散! 悪霊退散っ!」


 周りに群がってきた人面蜘蛛たちを、片っ端から爆発四散させる。


「なんだとッ!?」

「あ、悪霊退散ッ!」 

「ぎゃああああああああああああッ!」


 何も見ないように目を閉じて、滅茶苦茶に念力を飛ばしまくった。


「貴様あああああああああ! やりおったなあああああああッ! 我が力をもってッ、死後も永遠に呪ってやるぞおおおおおッ! ……何故だッ! 何故私の術が効かんッ! ぐあああああああああああッ! 私のっ、肉体がッ! 消滅してゆくううぅぅぅぅッ! ああああああああああああああッ! 永遠に苦しめこの劣等種族がああああッ! いやあああああああああああッ!」


 突然、すごい叫び声が聴こえてきて周囲が静かになったので、恐る恐る目を開ける。


 すると、ちょうど目の前の巨大な蜘蛛が爆散して消滅するところだった。


「たっ、助かった……?」


 夢の中でも使えるんだ。超能力。


「こっ、怖かったー……」


 ――安心した僕は、再び目を閉じて眠りにつく。


 *


 その次に目を覚ました時は、自室の床の上だった。


 おそらく、ベッドから転がり落ちたせいでおかしな夢を見たのだろう。


 一件落着である。たぶん。


「それにしても変な夢だったなぁ……」


 寝直そ。

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