第22話 恐怖のカラス人間
そうこうして凌いでいるうちに時間は過ぎ去り、いよいよ映画が上映される時間になる。
「こっちだよお兄ちゃん!」
「急ぐのだ兄者!」
「う、うん……」
二時間も早く来たのに、結局急ぐ羽目になってしまった。不思議だね。
僕はそんなことを考えながら、チケットを店員さんに見せて、映画が上映されるシアターに入った。
ちなみに、席は横並びで座ることになっている。
僕は右端の通路側、左隣に渚、さらにその隣に湊の順だ。渚が真ん中なのは怖がりだからである。……でも、ホラー映画は好きらしい。謎だ。
――そんなこんなで、いよいよ『カラス人間』の上映が始まるのだった。
マッドサイエンティストに改造されてカラスみたいな姿になった人が、とある山奥のコテージに滞在していた人達を襲って食べる話だ。
でも、これってホラー映画なのかな? 人が死んでるから一応ホラー? 今のところ、あんまり怖くないな。
『はぁ? カラスが人を襲って食べるっていうの? 馬鹿馬鹿しい話ね。どうせイタズラでしょ!』
『おい待てジェシー! 外に出るなっ!』
『きゃあああああああああああッ!』
家族で
「………………」
そういえば、湊と渚はこの映画を楽しんでるのかな……? ふと気になった僕は、隣へ目をやる。
「ぐー、ぐー」
「すやすや……」
「……!」
二人とも寝てた。あんなに楽しみにしてたのに、やっぱりつまらなかったんだ……!
「…………あれ?」
少し悲しい気分になっていた僕だったが、さらに驚愕の事実に気付いてしまう。
「…………全員寝てる! 僕以外!」
なんと、誰も映画を見ていないのだ。
カラス人間が襲ってくる見せ場のシーンなのに!
「こ、こんなことってある……?」
唖然とする僕。
「ど、どうしようかな……」
普通では考えられない状況に困惑し、映画どころではなくなってしまったその時。
「フッ!」
突如として、シアターの最前列に座っていた人が立ち上がった。
「クククククッ!」
そして、肩を揺らしながら不気味な声で笑い始める。
「……オレも随分と強くなったものだ。それもこれも、鳴神さまのお陰だなァ」
しわがれた声で大きめの独り言を呟きながら、こちらを振り返る男の人。
……いや、人じゃない。よく見たら顔がカラスだ! カラス人間だっ!
「ええええええええええええええええええっ!?」
僕は思わず叫ぶ。
もしかして、ドッキリ? それとも、舞台挨拶? どうしてカラス人間が現実に……!
「ん……? な、なんだキサマ! なぜこのオレ――
すると、カラス人間の方が狼狽えた様子で問いかけてきた。
「キサマ……退魔師だなッ! 丁度いい、A級妖魔に匹敵する強さを身につけたこのオレの術で消し飛べッ! 他の奴らはその後で食らってやるッ!」
「え、えーきゅう……?」
カラス人間がとんでもないことを口走ったので、僕は思わず動きを止める。A級って……妖魔の等級のこと? 月城さんがめちゃくちゃヤバいって言ってたやつじゃん!
「あ、あわわわわわ……!」
衝撃の事実が判明した。カラス人間は劇場のスクリーンから飛び出すタイプの妖魔だったのである。しかもA級の。
「に、逃げないと……!」
でも、そうしたら湊と渚が……! ……それに、ここに居る人たちだって無事では済まないはずだ。
どうしよう!
「くらえッ!」
僕がおろおろしていると、カラス人間が攻撃を仕掛けてくる。
「わっ!」
周囲が真っ暗闇に包まれ、気付くと僕は何もない空間に立っていた。
カラス人間と二人きりである。
「こ、ここは……?」
「オレの結界の中だ。キサマはもう逃げられない」
「そんな……!」
終わった……僕の人生……。
「クククッ! じっくりいたぶってやるぜえええええ! 生きたまま全身の肉を
言いながら、無数のカラスたちを暗闇から召喚するカラス人間。
「やれ」
「カアァァァァァァァッ!」
「わーーーーーーーーーっ!」
カラスたちはバサバサと僕に群がり、
「カアアアァァァァァッ!」
「ひっ、や、やめてっ、ご、ごめんなさいっ!」
僕はとっさに念力バリアを展開してうずくまった。
「カァカァカァカァーーーーーッ!」
――ガンガンガンガンッ!
バリアが
「クックックッ、哀れだなあ。いくら抵抗したところで、キサマには屍肉を貪られる末路しか待っていないというのに」
「うぅぅっ」
このままだとバリアが……!
「……あれ?」
……全然壊れないな。
このバリア、結構強いんだ。今まで妖魔からこんなに攻撃されたことなかったから初めて知った。
「意外と頑丈……」
「……キサマぁ、なぜまだ生きているううううッ!」
「さ、さぁ「カアァァッ!」
しばらくすると、だんだん向こうの方が焦り始めてくる。
「聞こえないぞ! もっと大きな声で話せッ!」
「ご、ごめんな「カァーーーーーッ!」
僕の声は、全てカラスたちの鳴き声に打ち消された。
……とりあえず今なら反撃できそうだ。
僕はバリアを展開したまま、カラス人間に向かって念力を飛ばす。
「うぐっ、ぐあああああああああッ! 鳴神さまあああああああッ!」
絶叫しながら爆発四散するカラス人間。
少し間をおいて、僕の周りにいたカラスたちも次々と消滅していった。
完全勝利である。
「や、やった……!」
それにしても、今のがA級……?
こんなにあっさり倒せてしまって良いのだろうか?
「もしかして僕って…… めちゃくちゃ強いのかも!」
……ってことは、ここからどんどん実力が認められていって、すごいちやほやされるかもしれないな。世界の命運とか託されちゃったりして!
「えへっ、へへへへへへっ……!」
そんなことを考えて調子に乗っていると、周囲の結界が消滅して映画館に戻ってきた。
同時に、現実へ引き戻されるような感じがする。
「まあ……A級っていうのが嘘だったんだろうな……。映画はB級って感じだし……」
落ち着いた僕は、ゆっくりち席へ座り直す。
「いや、そっか……。映画から出てきたんじゃなくて、カラスの妖魔がこの映画に登場するカラス人間を仲間だと思って寄って来ちゃったのかも……。ちょっとかわいそうだな……」
――そして、「カラス人間」の上映は何事もなく続くのだった。
エンディングを見終わる頃には全員が目を覚ましていたので、僕たちもそこからシアターの外へ出た。
「いやー、面白かったねー! カラス人間が安っぽくて特に良かった! あと人が食べられるところ! それと……金髪のお姉さんのシャワーシーン! ぐへへ……!」
満足げな表情で言う湊。
「実に良い映画であった……! カラス人間が負けてしまったのは悲しかったが……ラストでマッドサイエンティストが再登場し、新たなカラス人間が造られていると判明するところは感動ものだったな……! まさに超大作! 続編に期待だ……!」
渚もそれに同調する。
そんな話だったんだ……。寝てたのによく理解できるなあ。
「二人とも、映画ちゃんと全部見れたの……?」
疑問に思った僕は、思わずそう問いかける。
「そんなの当たり前でしょお兄ちゃん!」
「まさか兄者……途中で居眠りでもして最後まで映画を見ていなかったのか……?」
「い、居眠りしてたのは二人の方でしょっ!」
僕が言うと、湊と渚は不思議そうに首をかしげた。
「いや、ボクは最初から最後までちゃんと起きてたけど……」
「無論、我もだ。兄者の見間違えではないのか?」
どうやら二人とも、眠っていた間の記憶が完全に補完されているらしい。そんなことまでやれてしまうだなんて、催眠術って怖いな。
「ボク、お腹空いたー」
「我もだ」
「どっかでお昼ご飯にしよっかー!」
「
そうこうしている間に、二人がそそくさと次の予定を決めてしまう。
……とにかく、今回は運良く勝てたけど、次もこうだとは限らない。
僕はせめて、身近な家族くらいは妖魔から守ってあげられるように頑張ろう。
そんな誓いを胸に、こそこそと二人の後をついていくのだった。
めでたしめでたし。
……普通お兄ちゃんが二人を連れて行くべきだよね。社会性で中学生に完全敗北してる……!
ぜんぜんめでたくない!
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