第4話 たぶん平和な日常


 『妖魔』


 それは悪魔や妖怪といった、人に仇なす超常存在の総称である。


 怨念や恐怖から生み出される者、異界からやって来た者、人の道を外れた者。その成り立ちは多岐に渡る。


 妖魔を目視し、退治することができる力――『霊力』を持った人々は、『退魔師』と呼ばれ、古来より様々な魔法を用いて妖魔に対抗してきた。


 そして現在、日本の退魔師には大きく分けて二つの勢力が存在する。


 古来より妖魔からこの地を守ってきた『陰陽師』の一派と、数百年前に海を越えて渡ってきた西洋を起源とする『魔術師』の一派である。


 当初、互いを敵視していた彼らは『国際魔法機関』の介入によって手を取り合うようになり、現在は協力して秘密裏に国の平和を守っているのだ。






 ――ちなみに、一樹いつきが目覚めた超能力は魔法と一切関係がない。彼はただの一般超能力者である。


 *


「うぅ……」


 大竹さんみたいな名前のすごい怖い化け物を爆発四散させて、悪霊退散する夢を見た翌日の朝。


「寝た気がしない……」


 いつも通り七時に目覚めた僕は、眠い目をこすりながら洗面所へ向かう。今日も楽しい楽しい学校がある日だ。休みたいな。


 そんなことを思って憂鬱な気分になりながら、顔を洗って歯磨きをした後、僕は制服に着替えて一階のリビングへ降りる。


「おにーちゃん、おっはよー!」


 するとそこには、花柄の白い浴衣を着たショートヘアの美少女が居た。


「お、おはよう……」

「どう今のボク? 完璧な美少女だったでしょ! やまとなでしこって感じでしょ!」


 ……美少女というのは本人の自称だけど。


「えっと。お兄ちゃん、そういうのはよく分からないから判断できな――」

「あ?」

「はい……そうだと思います……」 

「おにーちゃんだーいすき!」


 僕は半ば強制的に同意させられた。……確かに、今のみなとの姿を目撃してしまった人の多くはそう認識するだろう。


 だけど、湊は僕の弟――つまり男の子だ。中学二年生で、好きなタイプは優しい大人のお姉さんか、可愛い浴衣を着た自分らしい。後者に目を瞑れば中学生男子としては健全なのかな……? 誰か教えてください。


「でも、大和撫子やまとなでしこってもう少しおしとやかなイメージが――」

「うん? なんだって?」

「な、何でもないです……」


 前は普通に話せたんだけど、中学校入学と同時に、色々とこじらせてこうなってしまった。


 本人曰く「自分が世界で一番可愛いことを自覚した」のだそうだ。


 すごいナルシスト……?


「いやー。今日もボクは可愛いなぁ~。自撮りしよっと!」

「インターネットには上げちゃだめだよ……悪い人が見てるかもしれないから……!」

「目元とかは隠してるから大丈夫だよ! それに、みんな僕のこと女の子だと思ってるから特定の心配もなし! ――あ、いいね付いた!」

「手遅れだった……」


 おまけに、最近は承認欲求まで拗らせ始めたみたいだ。どうしよう。僕がちゃんとしてないからこんなことに……!


「おはよう兄者。そして我が半身よ!」


 暴走する湊を見て困っていると、今度は背後から声がした。


 振り返るとそこに立っていたのは、ゴスロリっぽい感じの服を着た、ロングヘアの女の子だ。その顔立ちは湊と瓜二うりふたつである。


なぎさちゃん、おっはよー!」

「お、おはよう……渚……」


 湊と僕は挨拶を返す。


「残念ながら、今の私は渚ではない。漆黒のダークネスイリュージョン・ナギサだ!」


 すると顔の右半分を手で隠した、かっこいいポーズを決めて言う渚。


「渚じゃん」


 湊はいつになく冷たい声で言い放った。


「違う。漆黒のダークネスイリュージョン・ナギサだ!」

「渚じゃん」

「もうっ! 渚と漆黒のダークネスイリュージョン・ナギサは違うの!」

「へーそうなんだー」


 ――このちょっとだけ痛い感じの子は、妹の渚。湊とは双子の姉弟で、見ての通り厨二病を患っている。本人曰く「可愛さで湊に敗北したから、カッコよさを追求することにした。オンリーワンを目指す」のだそうだ。


 一体、二人の間に何があったのだろうか。真相は闇の中。漆黒のダークネスイリュージョンである。


「相変わらず、ひ弱な姿をしているな我が半身よ。そのような格好では、この先の聖戦を生き残れんぞ?」

「え~? むずかしくて何言ってるのかわかりませーん! 日本語でおっけーでーす!」

「我を侮辱するとは良い度胸だ……! 軟弱者の分際で……! ちょっと可愛いからって……ッ!」


 昔は仲良しだったけど、最近は拗れている方向性が違うのでよく喧嘩している。


 音楽性の違いで解散するバンドもこんな感じなのかもしれない。たぶん違うな。


「もしかして~、小学校の卒業式の時、渚の好きだった男の子からボクの方が告白されちゃったこと、まだ恨んでるの~?」

「やめて」


 湊の言葉に対し、渚は突然真顔になって言った。


「あ、ご、ごめん……」

「その話はほんとにやめて」

「な、渚だって可愛いよ! ボクの次くらいに!」

「やめろ」

「…………ごめんね。なんか……ごめん……」

「……うっ、うぅ……っ」


 急にいたたまれない感じの空気になるリビング。漆黒のダークネスイリュージョンの真相を垣間見た気がした。でも知りたくなかった。


「ふ、二人とも、これから学校でしょ? 制服に着替えないと遅刻しちゃうよ!」


 僕は話を逸らすことで、朝っぱらから終わっている空気をどうにか変えようと試みる。


「ほ、ほら、言われてるよー、渚ちゃん! 早く着替えようねー」

「お前もなっ! 我の手で脱がしてやるっ!」

「え、ちょ、やめっ、あっ! やめろッ!」

「ふふふ! 良いではないかっ! ――脱衣の悪魔よ、我が呼び声に答え右腕に宿れ!」


 ノリノリの渚。脱衣の悪魔ってなに?


「……それ、自分も脱がされる覚悟をしてやってるんだよね?」

「え……? きゃっ! ちょ、ちょっと待って! きゃあああ!」


 どうやら、仲直りしてくれたらしい。一件落着だ。僕は目の前の惨状から目を逸らしつつそんなことを考えた。


 ちなみに、湊と渚が今みたいな格好や振る舞いをするのは、家に居る時だけだ。学校では二人とも普通に優等生として過ごしているらしい。


 学校生活のストレスを家で解放してるのかな……? そう思うと心配になってきた。


 けど、人の心配をしている場合ではない。


 なぜなら、家族の中で一番心配されているのは僕だからだ。


 内容は不明だけど、僕を抜いた家族会議が頻繁に開催されていることを知っている。


 友達がいないだけなんだから、そんな大ごとにしなくてもいいのに……。


 それに、僕はいざとなったら超能力を活かして、人体実験の研究施設とかに入れてもらうから大丈夫だ! もちろん被験体側で! そしたら死ぬまで養ってもらえるぞ! 超能力に目覚めて良かったなぁ! 人生安泰だ!


「はぁ、はぁ……」

「なぎさの……ばか……」

「ご、ごめん……」


 僕が一人でおめでたくなっていると、いつの間にか二人の喧嘩が落ち着いていた。


 浴衣がはだけてしまった湊が、スカートのめくれた渚に押し倒されている。


「う、うわ……」


 側から見たらすごい状況だ。僕があたふたしていると、背後でどさりという音がした。


「…………え?」


 振り返るとそこに立っていたのは、スーツを着た父だ。どうやら、会社へ行く時間になったらしい。


 父は鞄を床へ落として、呆然と立ち尽くしている。その視線は、危ない雰囲気になっている湊と渚の方を見つめていた。


「あっ…………」

「お、おとうさん……おっはよー……! おしごとがんばってねー……あはは……!」

「お、おおおおとうさん、ちが、これは……ちがうのっ!」


 誤解が解けるのは、それからしばらく後のことだった。


 お父さんごめんなさい……。


 それにしても僕の家族……大丈夫なのかな……。僕も含めて……。



 

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