第6話 魔術師と陰陽師


 守矢市立凪江高校の一年B組、黒瓜くろうり秋花あきかは、その身に膨大な霊力を宿す天才退魔師である。黒瓜家は古くから続く魔術師の家系であり、彼女が妖魔退治をする際には黒魔術を主として用いるのだ。


 秋花の際立って特徴的な点は、その容姿である。真っ直ぐ伸びた黒髪に、切れ長の黒目。すっと通った鼻筋。白くて肌理きめの細かい肌。すれ違う者は男女問わずつい振り向いてしまうほどの、優れた美貌の持ち主なのだ。


 その気がなくとも神秘的で近寄りがたい雰囲気を放ってしまう彼女は、多くの生徒から憧れや嫉妬の眼差しを向けられ、また密かに好意を寄せられていた。


「ふわぁーあ」


 だが、当の本人はどこ吹く風といった様子だ。


「………………ん?」


 放課後、帰りのホームルームを終えた秋花の教室に、恐る恐る顔を覗かせている少女の姿があった。


 透き通った白髪はくはつに、まん丸とした可愛らしい目。紅く染まった頬。華奢で小柄な体つきをした、全体的に幼い印象の美少女である。


 秋花とは対照的だが、彼女も神秘的で触れてはいけない存在であるかのような雰囲気を放っていた。


「入って来なよ、はるこ」


 彼女の存在に気付いた秋花は、手招きしながら声をかける。すると、少女はこくりと小さく頷いた。


 ゆっくりと教室に足を踏み入れ、急ぎ足で黒板の前を横切り、窓際にある秋花の席までトコトコ駆け寄ってくる。


「遅いよ、遅すぎだよあきちゃんっ! すごい待ったよっ!」


 彼女の名は、土御門つちみかど小春こはる。秋花に匹敵する霊力と才能を持つ、同期の退魔師だ。由緒正しき陰陽師の家系に生まれた彼女は、呪術の一種である陰陽術を主として妖魔退治に用いている。


「ごめんごめん。迷惑かけたね」

「ううん、いいよ。……だってあきちゃんのせいじゃないもん」


 美貌の天才黒魔術師と天才陰陽師。


 二人は退魔師として、物心ついた頃から共に学び切磋琢磨してきた幼馴染なのである。


「でも、あきちゃんのクラスって、いつもホームルーム終わるの遅いよね。はぁ……」


 教室の外でずっと待たされていた小春は、くたびれた様子で言った。


「先生の話がやたら長いんだよ……」


 対して、げっそりとした顔で答える秋花。


「……うん。外で待ってたから知ってる。今日も色々とすごかったね」

「っていうか、もうちょっと手短にまとめられないもんかね。長々と話されたって誰も得しないんだからさ」

「あはは……」


 小春は苦笑した。


「……ところでいま何時?」


 だらしなく机に突っ伏していた秋花は、ふと問いかける。


「えーっと、四時半だよ」


 教室の壁にかかった時計を見ながら答える小春。すると、秋花は突然起き上がり目を大きく見開いた。


「うわっ、五時から塾だよ?!」

「間に合うかなぁ」

「落ち着いてる場合じゃないじゃん!」


 机の脇に置いてあった鞄を引っ掴み、勢いよく椅子を引いて立ち上がる秋花。


 拍子に、引いた椅子が後ろの席の机にぶつかり、ごんっ、という音を立てた。


「まあまあ、焦ったって仕方ないよ。遅れて行けばいいんじゃない?」

「いや。まだギリギリ間に合う。急ごう!」

「えぇー……」


 こうして、二人は慌ただしく学校を後にするのだった。


 *


 ――秋花と小春の通う塾は、普通の学習塾ではない。『魔法塾』と呼ばれる、退魔師の養成機関だ。


 凪江高校からだと、魔法塾へはおよそ三十分程度で向かうことが可能である。


 まず高校から徒歩五分の最寄駅へ向かい、十分ほど電車に揺られて二駅先で下車。そこから、更に徒歩で十分ほど歩いて祠へ向かい、五分かけて特定の手順をこなし、条件を満たして「門」を開いた先にある。


 複雑な多重結界によって護られた塾の外観は、古めかしい擬洋風の学舎といった感じだ。しかしその内部では、妖魔や最新の現代魔法理論に関する授業が行われているのである。


 魔法塾へと至る「門」は日本の全国各地に設置されているため、生徒達は通学時間を気にせずに塾へ通うことが出来る。数多くの優秀な退魔師を輩出して来た名門塾だからこそなせるわざだ。


「はるこ、駅まで走ろう!」

「お、遅れてもいいから歩こうよぉ」


 とはいえ、最寄りに設置された門まで向かう時間は考慮しなければならないが。


「仕方ないな……今日は大人しく遅刻しよう」

「……ふぅ。最初からそうしてくれれば、無駄に走らなくて済んだのにー」


 結局、諦めて遅刻することにした秋花と小春は、横に並んで仲良く喋りながら歩くことにするのだった。


 もちろん、背後で二人を追い越せずにおろおろしている同級生の少年がいることには一切気付いていない。

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