第15話 お姉さんとランチタイム?!


 湊と渚が泣きながら朝ご飯を食べて部活に行った後、十一時半頃に自宅を出た僕は、電車に乗って凪江駅へ向かった。


 途中、月城さんからまたメッセージが届く。


【いつきクン!!! お姉さんは、南口の改札で待ってるからネ!】


 二十分前なのにもう到着してる……。


 それから僕は十分ほど電車に揺られた後、凪江駅で降りて急いで改札へ向かった。


 すると、連絡の通り月城さんが待っている。今日もスーツ姿だ。


「やあ一樹君!」


 改札を出てすぐ、月城さんの方から僕に駆け寄ってきた。


「こ、こんにちは……」

「十分前に来るとは素晴らしい心がけだ」

「ありがとうございます……」


 微妙に気まずい。あまり知らない人と二人きりだからか、頻繁に届くメッセージとのギャップのせいか、原因は不明である。


「では早速キミのする仕事について説明したいのだが……ここで立ち話をするわけにもいかないな。――着いて来てくれ。我々退魔師が一般市民に聞かれたくない話をする時に利用する店を教える」


 月城さんはそう言うと、僕に背を向けて歩きだした。


「なんかそれっぽい……!」


 僕はそんなことを呟き、渚に話せないことを残念に思いながらその後を追う。


 そうして、駅を出てから学校とは反対方向へ歩き、路地裏の道をいくつか曲がったところで、和風な外観をしたお店の前までやって来た。


 入り口には『安穏茶屋あんのんぢゃや』と書かれた暖簾のれんがかかっている。


 おそらく居酒屋というやつだ。一人だったら絶対にこんな場所へは来ない。


「ここだ」


 そこで初めて僕の方へ振り返る月城さん。


「もちろん、未成年に飲酒などさせないから安心してくれ」

「は、はい……」

「一樹君を酔い潰れさせて襲う悪いお姉さんだと思われたくないからね」


 今、一瞬だけつっきー☆を感じた。


「はい……」


 返事をすると、月城さんはそそくさと店の中へ入っていく。僕は慌ててその後を追いかけた。


「いらっしゃいませ」


 中に入ると、着物を着た女の人が出迎えてくれる。この雰囲気は湊が喜びそうな感じだな。今日の出来事を話せないのが本当に残念である。


「いつもの場所だ」

「はい、かしこまりました」


 そんなやり取りの後、月城さんがお店の人に何か耳打ちすると、僕たちは店の奥にある和室へ通された。よく分からないけど高級そうな雰囲気で緊張する。


「楽にしたまえ一樹君」


 そう言って、和室の座布団に座る月城さん。


「は、ははは、はぃ……」


 僕はそわそわしながら、その向かい側に腰を下ろした。正座で。


「とりあえず何か頼もう。私はお腹が空いてしまったよ」


 すると、月城さんがテーブル脇にあるメニュー表を手に取って言った。


「あの、僕は……お昼はあまりお腹が空かないのでいいです……」

「はい?」

「いつも食べないので……」


 僕の言葉に対し、月城さんはもの凄い形相で反応する。


「えっ? だってランチタイムだよ? 食べ盛りの高校生がお腹空かないってなに? えっ?」

「ぼ、僕に構わず……注文してください……」

「できるかッ!」


 言いながらテーブルにメニュー表を叩きつけ、僕の方を睨みつける月城さん。怖い。


「ひぇ…………」

「よく見たらキミ、随分と細くないか?! ちゃんとご飯は食べているのか? 身長と体重はいくつだ?」

「ひ、百六十三センチ……四十九キロです……」

「なんだそれは! ふざけているのか! 私と体重を交換――じゃなくて、もっと食って寝ろ!」

「そ、そんなこと言われても……」

「モデル体型で妖魔退治が務まると思うなッ! しかも女子の!」

「ご、ごめんなさい……」


 すごい怒られた。どうやら、もっと沢山食べて筋肉とかを付けた方がいいみたいだ。魔法使いなのにフィジカル重視だなんて……。筋トレとかしないと……。


「とりあえず肉だな! 肉を食え! ――そうだ、ここには馬刺しがあるんだ! 馬刺しは栄養価が高い。食え! 今から頼むものは全て私の奢りだ!」

「え、あっ、は、はい……ありがとう……ございます……」


 こうして僕は、月城さんの奢りでいっぱい食べることになったのだった。


「……それでは、本題に入ろう」


 一通り注文を終えた月城さんは、僕の方へ向き直る。


「キミは枝豆でも食べていろ。ほら、私の分もやる」

「あ、ありがとうございます……」


 僕はお通しの枝豆を頑張って少しずつ食べていた。


「まず、キミの担当地域は昭間公園だ。家から近いから、その方が都合が良いだろう。危険な妖魔が出現していないか監視し、もしものことがあったら電話で私に知らせてくれ」

「んぐっ、もぐっ……はい……」

「後は……検知器を渡しておかないといけないな。近くに妖魔が出現した際に霊力を勝手に測定してくれる優れものだ。なくさないように」


 月城さんは言いながら、手のひらサイズの小さな器具を僕へ差し出す。


「ありがとうございます」


 僕はお礼を言い、月城さんから妖魔の霊力を検知するための怪しげな検知器を貰った。


「もっとも、私くらいの熟練になると感覚で相手の霊力が分かるがな」


 そうなんだ。すごいなあ……と思いながら、受け取った検知器とやらを眺める。


 それは羅針盤のようになっていて、中には八つの区切りらしきものがあった。


 現在は何も書かれていない場所を針が指し示していて、そこから時計回りに、F、E、D、C、B、A、Xとアルファベットが割り振られている形だ。


「検知器の針が指すアルファベットがF、Eの時はキミでも対処できるはずだ。私に連絡する必要はない。――しかし、D以上はどれも危険区域だ。決して一人で対処しようとはせず、私に連絡してくれ。…………特に『X』は、A級妖魔の中でも飛び抜けて強い霊力を持った存在が出現した際に指し示される。基本的に、余程のことがない限りB以上が計測されることはないが…………最近は色々と様子がおかしい。十分に警戒してくれ」

「分かりました……」

「A級妖魔はめちゃくちゃヤバいからな。私でも勝てない。遭遇したら全力で逃げることだけを考えろ」

「は、はい……」

「災害に立ち向かおうとは思わないだろう? それと同じだ」

「な、なるほど……」


 念を押された。A級妖魔がめちゃくちゃヤバい存在であるということだけは、ちゃんと覚えておこう。


 でも、今の力があれば災害くらいは立ち向かえそうな気が……?


「……まあ、そういったものと遭遇する危険度が比較的に高い深夜は、優秀な退魔師が公園の監視をしてくれる。キミは妖魔が出現し始める時間帯である六時から九時までの間自宅に待機し、針の動きに注意してくれればいい。……何か質問はあるか?」

「ええと……」


 ――それから僕は、諸々の手続きを行い、アルバイトをする日程を決めて、肉を沢山食べさせられた後で解放された。

 

 基本的に自宅待機の仕事だから、家族に何か聞かれたら「リモートで清掃する」と答えるように言われた。


 リモートで清掃ってなに……? そんな適当な言い訳で誤魔化せるの……?


 僕は疑問に思ったが、月城さんが言うにはその合言葉自体に強力な魔力とやらが込められているので大丈夫らしい。


 魔法機関による結界の効果だとか何とか言っていたけど、難しくてよく理解できなかった。


「それじゃあ、気をつけて帰れよ一樹君」

「はい。今日は……その、ごちそうさまでした……」

「気にするな。毎日よく食べてよく寝るんだぞ!」

「は、はい……」


 小学生みたいなことを言われ、凪江駅で月城さんと別れる。


【今日はすっごく楽しかったヨいつき君! また二人きりでお出かけしたいな~! ナンチャッテ(笑) 困ったことがあったら、何でもお姉さんに聞いてネ!!!】


 その後すぐにつっきー☆からメッセージが来た。


 月城さん、真顔でこれ打ってるのかな……。すごいな。


【ありがとうございました】


 返信に困ったので、とりあえずお礼をしておいた。


 ちなみに、昼食を沢山食べてお腹いっぱいで帰った後、晩ご飯も僕がアルバイトをするお祝いでご馳走が沢山出た。


 こんなにお腹いっぱいになったのは生まれて初めてだ。今日一日だけで一生分のご飯を食べた気がする。


 妖魔退治って、爆発四散させるだけの簡単なお仕事じゃないんだな……と反省するのだった。

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