第33話 愉快な異文化交流


「あの……か、かみって……なに……?」


 僕は周囲をきょろきょろと見回しながら問いかける。まだ別の妖魔が残っているのかと思ったけど、そういう訳ではなさそうだ。


 ほっと一安心した次の瞬間――


「あん……あんっ、あんっ、あおーーーんっ!」

「ばうばうばうっ! ぐるるるるるっ! わおおおおおんッ!」

「えっ」


 シルヴィアとフレドリカは、急に四つん這いになって犬の真似をし始めた。


「えっ、あっ、えっ……何してるの?!」

 

 思わず叫ぶ僕。


 どうしよう。まだ何かに取り憑かれているのかもしれない。


 悪霊退散させないと!


 ……でもよく考えたら、相手の姿が見えないと祓いようがないな。


「と、とにかく落ち着いて!」


 僕はとりあえず野生に戻ってしまった二人のことをなだめる。


「あ、あおーーーーんっ!」

「ばううううううううっ!」


 だけど言うことを聞いてくれなかった。


「ああっ……神よ……私はどうやってこの喜びを表せば……っ!」

「神さまあああああああああああっ! うええええええんっ!」

「………………」


 もうダメだこれ。


 完全にお手上げ状態になり、全てを諦めて目の前の現実から逃避していたその時。


「おまたせー! ……って、え?」

「あ、兄者……な、ななな何をっ?!」


 浴衣に着替えた湊と、ゴスロリ服に着替えた渚が二階から戻ってきた。


 もちろんシルヴィアとフレドリカは、僕の足元で四つん這いになったままだ。このままだと、どう足掻いても誤解されてしまう。


「た、助けて……」


 どうしようもなくなった僕は、涙目で訴えかけた。


「いきなり……こうなって……! 僕のせいじゃないんだ……!」


 湊と渚なら、きっと理解してくれるはず……!


「流石に引くかも……こっち来ないで」

「ちょっと理解できない。怖い」


 しかし返ってきたのは、今まで向けられたこともないような冷たい視線と、突き放すような言葉だった。


「うっ……うぅぅぅっ……!」


 僕はその場で両手をつく。


「あおーーーーんっ!」

「わおおおおおんッ!」

「わおーーん…………」


 ――そして二人に混ざった。


「お兄ちゃんまで……何してんの……」

「そういう趣味だったんだ……」

「わおーーーーーんっ!」


 それからしばらくの間は、記憶がない。辛すぎて忘れたのだろう。


 *


 それから少し後、僕はリビングの椅子に座っていた。


 他の椅子には、湊と渚とシルヴィアとフレドリカの四人が座っていて、僕を含めた五人でトランプのババ抜きをしている。


 たぶん、仲良くなるためのレクリエーションというやつなのだろう。


 ちなみに、ジョーカーは最初から僕の手元にある。誰も取ってくれない。ちょっと親近感がわく。ここまでくると渡したくない気もする。


「ええ……つまり……さっきのは挨拶だったってこと……?」

「な、なかなかユニークであるな……ふ、ふははは……」


 湊と渚は、気まずそうな表情を浮かべている。ゲーム中に僕が頑張って二人の誤解をといたのだ。


 シルヴィアとフレドリカも協力してくれたけど……結局、どうしてあんなことをしたのか分からない。


「えっと……それが二人の国の文化なの……?」


 湊は明らかに動揺している様子で問いかける。


「……いいえ、違うわ。ただ、嬉しかったからやってしまっただけ……」


 対して、すました顔でそう言いながら、僕からジョーカーを奪い去っていくシルヴィア。


「う、嬉しかった? どういうことなのだ……?」

「わっ、私達、テンションが上がると犬の鳴き真似をしてしまうの! 深くは追求しないでっ!」

「えぇ………?」


 文化の違いとかじゃなくて、単純にこの二人がおかしいだけなのかもしれない……。


 正直、湊と渚も普通からは外れてるし、僕もこんな感じだし……お互いに勘違いしたまま交流が終了しそう……。


 その国の常識をちゃんと備えた人同士じゃないと、健全な異文化交流は成立しないんだなあ。


 とても深い学びだ……。今後役に立つことはなさそうだけど。


 ――そうこうしているうちに、ゲームが終了した。最終的に負けたのは僕である。ジョーカーが一周して戻ってきたのだ。ちょっと嬉しかった。


「へへへ……」

「お兄ちゃん……負けたのに嬉しそう……」


 けど、負けたのに喜んだせいで、全員から変な目で見られた。


 みんな変なのに、どうしていつも僕だけなんだろう……?

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