第13話 怪しすぎる女の人


「ひっ!?」


 振り返るとそこに立っていたのは、長い黒髪を後ろで一つにまとめた、どことなく怪しげな雰囲気の女の人である。


 湊が好きそうな感じの大人のお姉さんだ。


 歳は二十代後半くらいで、夜なのに黒いスーツを着ているのですごく見えにくい。


 ……もしかして、この女の人も人間に擬態した化け物?


 爆散させるべきなのか、そうでないのか。僕には分からない。


 一体どっちだ……?


「すばらしい。訓練を受けていない素人にしてはなかなかの力だ」


 僕が迷っていると、女の人が言った。


「えっ、あっ、あ……」

「おっと失礼。私はこういう者だよ」


 そう言って、僕に名刺を差し出しくる女の人。


「ど、どうも……」


 仕方なくそれを受け取る。


 するとそこには、『月城つきしろ千佐都ちさと』という名前と『魔法塾講師』という肩書と思しきものが書かれていた。


「まほうじゅく……こうし……?」


 何それすっごい怪しい! 胡散くさすぎる! 絶対に詐欺師じゃん!


 僕は思わず一歩引いて距離をとる。


 すると、月城さんはその分だけ詰め寄ってきて話を続けた。


「今、キミが祓ったようなの……妖魔っていうんだけどさ」

「よ、ようま……」

「うん。――それで、そいつら妖魔を秘密裏に退治してるのが退魔師」

「たいまし……?」


 何を言っているのか分からない!


「要するに魔法使いみたいなもの」

「ま、まほうつかい……」

「そうそう。……で、私はそんな魔法使いたちに教育をしてやってる魔法講師ってわけ。分かった?」

「な、なんとなく……」


 この人、渚が喜びそうな設定ばっかり話してくる。なんか怖い。


「一部始終は見ていたよ。あれを祓えるキミには魔法使いとしての才能がある!」

「はぁ…………」

「どう? その力で、さっきみたいな奴らを退治するアルバイトをしてみないかい?」

「えっと……」


 アルバイト……? ああいう化け物を退治するだけでお金がもらえるの……?!


 それは少しだけ興味がある。


「アットホームな職場だよ! ……たぶん、リモートワークだけど」


 でも言動がいちいち怪しすぎる! 


 もしかして僕、騙されてるの……?!


 返答に窮しておろおろしていると、月城さんが言った。


「心配するな。キミが祓うのは主にE級以下の妖魔だ」

「い、いーきゅーいか……?」

「人間にとって有害だが、基本的に命の危険はない奴らのことさ。まあ、軽い怪我程度はするかもしれないけどね」

「は、はあ」

「――では、命の危険がない妖魔をどうして払わなければいけないのか、と思ったね?」

「え、あっ、はい……」


 受け答えをするのが精一杯でぜんぜん何も考えてなかった……。


「厄介なことに、奴らは成長するんだ。例えE級であろうとも放置し続ければ、やがて霊力を蓄えて人を死に至らしめる危険な存在になってしまうかもしれない。……だから、早いうちに芽を摘んでおく必要があるって寸法さ」

「な、なるほど……」


 人を殺すなんて怖いな……。


 最初に遭遇した自称人食い鬼とか、その後の特大バエとかも、やっぱりあのまま放置してたら危なかったのかな……? 


「あ、あの……」

「うん? まだ何か質問があるのか?」

「そ、そのお仕事って……人と話したりとか……しますか……?」

「……基本的には私とやり取りするだけだな」

「そ、そうですか……」

「私が手取り足取り教えてあげるから、安心したまえ。――それで、当然やるよね?」


 意志が弱いので、そういう詰め寄られ方をされると断り辛い。


「は、はい……」


 僕は空気に流されて頷いてしまった。


「いい返事だ!」


 僕は全くそう思わなかったけど。皮肉かな……。


 それとも、もしかしてこれが社交辞令ってやつ……!?


「じゃあまず聞きたいんだが、今までにああいった妖魔をその力で祓った経験はあるのかい?」


 月城さんの言動に戸惑っていると、そんなことを質問された。


「え、えっと……さ、三、四回くらいあります……」


 僕は答えた。内側から爆発四散させることを「祓う」と形容して良いのかは分からないけど。


「おお、それは素晴らしいな! どんな妖魔だった? 一体ずつ特徴を教えてくれ」

「えっと、赤い鬼みたいなやつと、大きいハエと……赤い鬼の……お兄ちゃんです……」


 思い出したら悲しくなった。


「赤鬼二体に、蠅人はえびとか……どいつもこいつも、E級妖魔の中ではかなり厄介な存在だな。誰の手解きも受けず、そして術すら使わず、自身の霊力だけで祓うとは……やはり私の目に狂いはなかった! キミには中々の才能がある!」


 この人すごい褒めてくれる。嬉しい。


「えへへ……! そ、それほどでも……ありますかね……?」


 僕って実は魔法の天才なのかも……!


「――だが、己の力を過信しすぎるのはよくないぞ。そうやって身の丈に合わない相手を祓おうとし、命を落とした退魔師は大勢いる。――今後は妖魔を見かけたらまずは私に連絡するように」

「はい……」


 たしなめられた。調子に乗ってすみませんでした。反省します……。


「とりあえず連絡先を交換しよう。スマホは持っているか?」

「えっと……家にあります……近いので取ってきます……」

「分かった。では私はここで待っているとしよう」


 こうして僕は、家からスマートフォンを持ってきた後、月城さんと連絡先を交換するのだった。


 ついでに、通話アプリの友達にも追加させられた。


 家族以外の名前がここに並ぶなんて……!


 ……なんか怖いな。なるべく事務的な会話だけするようにしておこう。


「それと……深夜はあまりここに近づくな」

「ど、どうしてですか……?」

「それはだな……」


 ――月城さんの話によると、深夜の昭間公園は少し妖魔が寄り付きやすい状態になっているらしく、これからは魔法使いの人たちが見回りをしてくれるらしい。


 それなら僕の出る幕もないだろうし、一安心である。良かった良かった。


 ……でも、一つだけ気がかりなことがある。海を飛び越えて、山を簡単に吹き飛ばせる力を持つ僕が魔法使いとしてはまずまずの実力なら、上の人たちは一体どうなってしまうのだろうか? 


 魔法使いの人のせいで地球が危なくなるのでは……?


 そう思ったけど、きっとみんな正しく力を使える良い人たちだから大丈夫なのだろう。ヒーローってそういうものだ。たぶん。


 勝手に納得した僕は安心して家へ帰り、眠りにつくのだった。

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