第32話 怪異の正体


 玄関の扉が開く音がした。


 ……おかしい、鍵は閉めておいたはずだ。


「ただいま~!」


 それからすぐ、湊の声が聞こえてくる。


 どうやら、二人が帰ってきただけのようだ。良かった。


「ってあれ、お兄ちゃんまだ帰ってないのかな?」

「まったく……今日は大事な日であるというのに……!」


 湊と渚の声が聞こえてきたので、少しだけほっとする。


「――じゃあ、上がって!」

「我らが家を案内しよう!」


 いや、やっぱり二人だけじゃない! 何か居る!


 僕は思わず息をのんだ。


「ギッ、ギシャぁああああぁ」

「遠慮はするな。これから一緒に暮らすのだからな!」

「ギギッ」


 や、やばい。やばいやばいやばいやばい!


 明らかに人間の声じゃない奴と楽しくお喋りしている……!


「お父さんとお母さんはまだお仕事中だから、しばらく待っててね!」

「ギギッ、ギチギチギチギチギチギチギチギチ」

「えっ……? ボクの着物が見たいの?」

「ギチギチ」


 しかも二体いるじゃん! 


 渚と湊に一体ずつ得体のしれない何かが憑いているみたいだ。多すぎ……!


「ど、どうしよう……!」


 部屋の中で頭を抱えたその時。


「……うん? よく見たら兄者の靴があるではないか」

「なんだ、もう帰ってきてんじゃん!」

「ギシャぁあああああああああ」

「ギチギチギチギチギチギチ」


 ――バレた。


「おにーちゃーん! 降りてきてー! 恥ずかしがってないでちゃんと挨拶しなきゃダメだよー!」

「ギチチチチチチチチチチチチッ!」


 挨拶してる場合じゃないよ湊! 恥ずかしいとかじゃなくて命の危機だよ! 


「はぁ、はぁ、はぁ……っ!」


 恐怖で呼吸が荒くなる。……落ち着け僕。


 どちらにしろ、このままだと湊と渚が危ない。絶対に守るってさっき誓ったばかりじゃないか。


「くっ………………!」


 僕はどうにか立ち上がり、部屋の扉を開けた。検知器はポケットにしまっておく。


 ――相手の姿を確認した瞬間に、超能力で爆発四散させる。


 大丈夫、いつものようにやるだけだ。僕の手に負えない相手だったら、諦めて全力で土下座するしかないけど。


「い、今行くよー」


 そう言って、僕は階段越しに向こうの様子を伺った。


「えっ……」


 玄関に立っていたのは、湊と渚と……二人の女の子だ。一人は銀髪で、もう一人が金髪である。


 日本人って感じじゃなさそうだけど……制服が同じだから同級生……? あの子たちがギチギチギシャギシャ言ってるの……? それはそれで怖い。


「そんなところで何をしているのだ兄者? 早く降りてくるがいい!」


 すると、僕の姿を発見した渚が手招きしてくる。


「……………………うん」


 ……見かけが人間だからって、まだ安心はできない。まずは近づいて反応を伺おう。


 僕は慎重に階段を下りて玄関の前までやってきた。


「ど、どうも…………」


 そして、正体不明の女の子二人に挨拶をする。


「あの、この子たちは……?」


 とりあえず僕は、湊と渚に問いかけた。


「えっ、まさかお兄ちゃん、本当に聞いてなかったの……?」


 まん丸と目を見開く湊。


「ふっ、この麗しき少女たちの名はシルヴィアとフレドリカ。我々の新たな眷属ファミリアとなる哀れな存在だッ!」


 すると、渚が全然理解できない補足説明をした。


「……シルヴィアよ。よろしく。あなたはこの家の下僕だと聞いているわ」

「私はフレドリカ! よろしくね下僕! とりあえずひざまずきなさい!」


 そして向こうの方から挨拶してくる。日本語として聞こえてきているはずなのに別の言語を話されているような、なんともいえない感覚がした。


「げ、下僕じゃないけど……よろしくお願いします……」


 たぶん、僕の気のせいだと思うけど。


「ファミリアっていうか……ボクたちがホストファミリーになるんだよ」

「……ホスト?! 家族全員で!?」

「うん、たぶんお兄ちゃんが想像してるようなのとは違うかな。……シルヴィアとフレドリカは、今日からこの家にホームステイするんだよ! この前、家族みんなで話さなかったっけ?」

「えっ……?」


 何それ知らない……! やっぱり、僕以外みんな記憶を改変されているのではないだろうか? 言いようのない不安を感じる。


「そ、そもそもホームステイってなに……?」

「……ああ、そこから分かってなかったんだ」


 その後、湊が簡単に説明してくれたことをまとめると、どうやらシルヴィアとフレドリカは遠い外国からやって留学生らしい。


 それで、いつの間にか海外の留学生を受け入れる制度に申し込んでいたうちに、二人がやってきたのだ。


 僕の知らないところでとんでもない話が進んでいた……。


 おまけに、シルヴィアとフレドリカは数ヶ月間もこの家で暮らすらしい。そもそも僕は日本語でまともにコミュニケーションを取ることすらできないのに、異文化交流に強制参加させられるなんて……。つらい。


「とりあえずボクは着替えてくるから、お兄ちゃんは二人をリビングまで案内してあげて!」

「え…………」

「我も漆黒兵装をする時間が欲しい。任せたぞ兄者!」

「ぁ…………」


 こうして僕は、知らない少女が二人もいるその場に取り残されてしまうのだった。


「な、なるべく早く戻って来て……!」


 どたどたと階段を上がっていく二人を見送ったあと、僕は恐る恐る留学生達の方へ振り返る。


「ギシャぁああああああああ!」

「ギチギチギチギチッ!」

「うわあああああああああっ!?」


 すると、それは遂に正体を表した。


 二人が人間に化けていたのではなく、化け物が二人に取り憑いていたのである。


 大きな百足みたいなやつが、これからホームにステイする二人の身体に巻き付いていた。


「オもぃ……だしタぞ……ッ!」

「キサマはァ……あノときのォ……ッ!」


 今度は脳内に直接声が響く。すごく身に覚えのある感覚だ……。


「殺す殺す殺す殺すッ!」

「絶対に許さんぞおおおォッ!」


 大きな百足もどき達は、絶叫しながら飛びかかってきた。まだ何もしてないのにすごく恨まれてる。


 僕はとっさに二匹をまとめて爆散させた。悪霊退散。どうか安らかに。


 ――ちなみに、二匹と遭遇してから爆散させるまでの実際の時間は二秒程度だ。一瞬の気の緩みが生死を分ける厳しい戦いだった……。


 ふと、ポケットから検知器を取り出すと、何の反応も示していなかった。つまり、今の相手が『X』だったってこと……? 瞬殺だったけど……?


 困惑していたその時。


「神よ……!」


 銀髪の少女――確かシルヴィアって名乗った方の子が、僕を見て言った。


「か、紙?」

「神だわ……っ!」


 僕の腕を強めに引っ掴んでそう言ったのは、金髪の少女――フレドリカだ。

 

「やっと……見つけた……」

「ついに見つけたわっ!」


 二人は目を潤ませながら、僕のことを見るのだった。

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