第2話 悪霊退散!


「そういえば貴様、男か。……実に残念だ。最初に食すのは柔らかい女の肉が良かったのだがなァ」

「わ、わぁ……」


 ところで、どうして僕はこんな変態っぽくて危ない人と会話しているのだろうか。すごくヤバいこと言ってるし、もしかしなくても僕より不審者なのでは?


 だとしたら、今すぐ大声で助けを呼ばないと。


「た、たすけて」


 僕は力の限り叫んだ。


「何か言ったか? 貴様は随分と声が小さいな。もっと腹から声を出せ」

「は、ははははは…………」


 ――つもりになっていただけで、実際は蚊ほどの声も出ていない。普段発声しなさすぎるせいだ。さっきは大きな声が出たのに、全然叫べない。詰んだ。


「あ、あの、……もう帰っていいですか……?」


 どうしようもなくなった僕は、恐る恐る問いかける。


巫山戯ふざけるな」

「でっ、ですよね。ごめんなさい……」


 真面目に聞いてるのに……。もう嫌だ。お家に帰してください……。


「まあいい、よく聞け人間」


 投げやりな気持ちになっていると、男の人が言った。僕の話は聞いてくれないのに、まだ何か話すつもりらしい。


「我が名は鬼神魔王、大嶽丸おおたけまる。この世界の人間ども全てを我が家畜とする為、再び顕現した!」

「あっ……は、はい……?」

「その反応……どうやら、この時代に我の名は轟いていないようだな。たった数千年如きでその記憶に刻まれた恐怖を忘れてしまうとは……人間とは実に愚かなものよ」


 僕もこのくらい積極的なお喋りだったら友達ができたのだろうか。


 そう思ったけど、この人にも友達はいなさそうだ。多分ぼっち仲間だと思う。僕には分かる。


 相手の気持ちを考えず一方的に喋っちゃうタイプの人だ!


「――貴様もそう思うだろう、なぁ?」

「え、えへへへ」


 人となりは分かっても、話していることはよく理解できなかったので、とりあえず愛想笑いをした。


 クラスで知らない陽キャに突然同意を求められた時も、こうやってしのいでいる。僕の必殺技だ。


「では。今から貴様を喰らう」

「えっ」


 ぜんぜん凌げてなかった! どうしてそうなった!


「久々に此方こちらへ来たので、人を喰いたい」

「は、はあ」


 大変だ。適当に相槌を打っていたせいで、話がとんでもない方向に進んでる……!


「我が最初の供物となることを誇りに思うがいい!」

「……あ、ありがとうございます?」


 そこは絶対にお礼を言うところではない。


 けど、この人すごく怖いから、とりあえず空気を読んで同調しておかないと……。


「ふむ。泣き叫んで命乞いをしないとは……貴様はかなり肝が据わった人間のようだ」

「ど、どうも……?」

「……だが、それもいつまで保つかな?」


 ……うん。夜中に散歩なんかするもんじゃないな。こうやって危ない人と遭遇するかもしれないから。やっぱり、お家が一番!


「さあ、そこでよく見ていろ人間! この私の姿に恐れ慄くがいい!」

「は、はい、分かりました……」


 僕が返事をしたその時、唐突に男の人が右足を一歩踏み出した。


「ククククッ、フハハハハッ!」


 そして、不気味に笑いながらゆっくりとこちらへ近づいてくる。


「あ、あの、お願いですからそろそろ帰して下さい……」

「断る」

「そんな……」


 絶望した次の瞬間、男の人の身体がメキメキと骨の軋むような音を立てながら巨大化し始めた。


「えっ!?」


 突然のことに我が目を疑う。


「す、すごい……!」


 感心している場合ではない。


 なんと男の人は巨大化しただけではなく、その姿まで変化させ始めたのだ。


「グオォォォ……ッ!」


 口から鋭い二本の牙が突き出し、頭部からは大きな二本の角が伸び、肌は真っ赤に変色していく。


 その姿はまるで鬼みたいだ。いや、鬼そのものだ!


「あ、あわわわ……!」


 間違いない。やっぱり幽霊――というか化け物だったんだ! 僕は恐怖のあまりその場で尻もちをつき、一歩も動けなくなった。


「そうだ、その顔だ!」


 そうこうしている間に変身を終えた鬼の化け物は、鋭い目でこちらを見つめて笑う。


「ひ、ひいぃ……!」

「安心しろ。すぐには死なんよう、手足から順に噛みちぎってやるわ」


 化け物はまったく安心できないことを言いながら、大きな腕を僕に向かって伸ばしてきた。


 もうダメだ。無理!


「わーーーーーーーーーーっ!」

 

 僕は珍しく腹の底から絶叫しながら、素早く右手を突き出し、超能力を発動した。


「は?」


 次の瞬間、念力によって化け物の身体が内側から膨んでいく。


「な、何だこれはっ?! 何をした貴様ッ! ぐ、ぐわああああああああッ!」


 限界まで膨らんだ後、バン、という大きな音と共に爆発四散する化け物。


 鬼は討ち滅ぼされたのだ。悪霊退散。


「や、やちゃった……」


 一部始終を見届けた僕は、放心状態で座りこんだまま呟く。


「……か、かえろ」


 それから慌てて家へ逃げ帰り、布団を被って震えながら目を閉じた。

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