16 魔導力ランク判定





 翌月。

 2学期最終日は、年に1回の魔導力判定の日だった。


 結果として、私・アイザック・ロニーはSランクに。

 第二王子 麗央 は、Aランクまで上昇した。


「な、なんと、2ランクも上がるとは……!!」

「1学年にSランクが5人というのも、快挙です!!」


 私と第二王子 麗央 は、たった1年で2ランク上がった。ダヴフリン王国史上類を見ないことで、学院の先生方は頬を染めて喜んでいた。


 第二王子 麗央 も大喜びで、涙を浮かべながらアイザックとロニーにお礼を言っていた。






「どんなセコい手を使ったの!?」


 ランク判定のあと、息をまいて私に怒鳴り散らしてきたのは、もちろん真音那マオーナ


「なんのこと?」

「Bランクから1年でSランクに上がるなんて、ありえない! あのヨキオット人からなにを仕込まれたの!?」


 真音那マオーナの言い方に苛立ちながらも、こころを鎮めながら答える。


「あなたが私をいじめる画策をしてるあいだに、まじめに魔導術の訓練をしてただけよ。なにもおかしなことはしてない」

「嘘!!」

「ねぇ、私がSランクに上がったからって、なに? あなたに関係ある?」

「…………っっっ!!」


 本心を伝えると、真音那マオーナは、顔を真っ赤にした。


「あ、藍梨のくせに、生意気な口きくな!!」

「私のことが嫌いなのに、どうしていつも私に絡んでくるの?」


 だんだんと、私の気持ちも、言葉も、ヒートアップする。


「私は、あなたに関心がないの。だからもう、話しかけないで」


 ようやく、言えた。前世の頃からずっと、言いたかったこと。

 しかし、次の瞬間。

 真音那マオーナを見て、私はぎょっとする。


「なに泣いてるの……」


 真音那マオーナは、堰を切ったように泣きはじめたのだ。


「わ、わた、私、王子に、見離されそうでっ……!

 それで、不安になって、藍梨がSランクになったら取られちゃうんじゃないかって……」


 今度は、泣き落とし? 本当に、何がしたいのかわからない。

 ただ、見ていると本気で泣いているようにも思える。ここに来て初めて、ピンチに追いやられていることを実感したのかもしれない。


「藍梨はいつも、なんでも持ってる……私が持てないもの、簡単に持ってる!!」

「……でもあなたはいつもそれを、横から攫っていったじゃない?」

「それはっ……! 私も同じものが、欲しくて……」


 その言葉に私は、呆れはてた。

 ワガママを押し通していた子どもの頃と、真音那マオーナはなにひとつ変わっていない。


「おかしいじゃない! 双子なのに、私と藍梨は全然ちがう!! そんなの、そんなの、ズルい!!

 ピアノも、運動も、お習字も、勉強も、絵も、ぜんぶ、ぜんぶ私より上で……!!」

「上とか下とか、ないでしょ。

 あなたに邪魔されて、私はぜんぶ辞めちゃったんだし」

「でも、でも……こっちでもあなたは侯爵家、私は子爵家で……!!」


 これは、嫉妬、ライバル心、対抗心みたいなものだろうか。それは、これまでの人生のなかで私が捨ててきたものだ。


 たしかに私は、だいたいのことは、人並みにはできた。べつに、良くできたわけじゃない。、だ。


 でも、少しでも成果をあげると、真音那に邪魔をされた。奪われた。

 それが続くうち、いつしか私は、執着心やこだわりを捨てた。


 私は、私。

 やりたいこと、やれることを、私のペースでやる。邪魔が入ったら、またやり直すか、諦める。


(だって、いちいち感情的になって真音那を恨んでいたら、私はどこかでタガが外れてた)


 きっと、真音那に酷いことをしていたと思う。

 現に、こころの中では何度も、何度も、真音那を蹴り飛ばしてきた。

 蹴り飛ばして、殴って、二度と私の前に姿を現さないでほしいと願ってきた。


(真音那は、ことが気に食わないんだ)


 私の居場所も、持ち物も、友人も、恋人も、幸せも。そのすべてが、恨めしいのだ。


 だけどきっともう、真音那にも、なにが自分の本心なのか見えなくなっているんだろう。


「……私は、王子にも、王子との結婚にも興味はない―――というか、無理。

 王子の気持ちを引き止めたいなら、私じゃなくて王子にはたらきかけなさいよ」


 そう言い捨てて、私は真音那マオーナの前から立ち去った。






 夜は、修業を祝う小規模のパーティーが学院内で開かれた。

 1~3年のⅠ・Ⅱクラス合同で開催され、先生方も参加するので、出ないわけにはいかなかった。


「アイリス。Sランク昇格、おめでとう」


 会場の隅の椅子で静かに過ごしていると、白々しい笑顔を向けてきたのは第一王子 モトオ 


「……なにか御用でしょうか」

「乾杯するくらいいいだろ」


 そう言って第一王子 モトオ は、手に持ったグラスのひとつを手渡してきた。しかたなしに受け取り、グラスを合わせる。


「いつものヨキオット人はどうした?」

「女子達に囲まれてる。見りゃわかるでしょ」

「はははっ、あいつにも振られたのか、お前」

「真面目にウザいわね、あなた」

「なんだ、機嫌が悪いな」


 眉間にできた皺をありありと見せつけながら、私はグラスを呷った。第一王子 モトオ は気にも留めないようすで続ける。


「しかしいきなりSランクとはな。あのヨキオット人ととうとうヤったか?」

「……どうやったらそんな思考になるわけ?」

「叔母上といい、と血を交えようなんて、理解できんな」


 第一王子 モトオ の、その、言葉に。

 なにかのスイッチが、かちっと入った。

 昼間の真音那マオーナに対する苛立ちも、まだ引きずっていた。


 手にしたグラスの中身をぶちまけてやりたかったけれど、すんでのところで耐え、ドンッとテーブルに置いた。


「……どっちが野蛮な原始人よ。あんたなんかのくせに!」


 一緒に居るのも嫌になり、私は席を立った。






 怒りがピークに達したせいか、心臓がばくばくと波打っていた。

 苛立ちを抑えるため、しばらくトイレに籠っていた。


(あんなやつと結婚してただなんて、そう思うだけでも吐き気がする……!!)


 このまま帰っちゃおうかな、などと考えながらトイレを出ると。


(あれ、なに、これ)


 地面が急に、ぐらりと揺れた。

 立っていられなくなり、私は体勢を崩して―――そのまま意識を、手放した。




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