10 王都の街





 王都は、ホリデーシーズンに突入した。

 学院も1ヶ月間、冬期休暇となる。寮生のほとんどは、帰省の準備を始めている。


「ねぇ、イツまで距離、おけばいい?」


 1学期の最後の授業を終えると、アイザックがひさしぶりに声をかけてきた。


「……卒業するまで?」

「せっかく友達、なったのに……」


 アイザックの気持ちはありがたかったけれど、またアイザックやロニーに危害がおよぶようなことは避けたかった。


「じゃあ、学院のソトに行こう」

「え?」


 アイザックは一方的に、翌日の待ち合わせの約束をつきつけてきた。





 翌日。

 寮の正門前で待っていたアイザックが、「よっ」と手を挙げた。

 私服姿は見慣れないので、なんだか不思議な感覚だ。


『今日はロニーは、一緒じゃないの?』

『うん。なんかあったら鳥飛ばすって言ってきた』

『ふふっ、鳥さん大活躍だね』

『画期的よ、あれは。アイリスはほんとにすごい』


 のような反応だなと、思わず笑ってしまった。


 注意深く周囲を見回すが、街にはⅠクラスの学生らしき姿はなかった。皆、社交パーティーや家族で過ごす休暇の準備に追われているのだろう。


『行きたいとこ、やりたいこと、食いたいモン、ある?!』

『んー……ない。アイザックとゆっくり、話したい』

『予想当たった!!』


 アイザックは、からっと笑った。


「あ。今日は、ダヴフリン語でいこう」

「だいぶ話せるようになった?」

「ウン。やっぱり現地にいると、上達がハヤイ」


 アイザックに連れられてやってきたのは、王都の中心街から、一本外れた横道。

 日中だからか、脇道に入っても人通りは多い。


『マスター、こんちは!』

『おう、来たか』


 その中でも一風変わった外観の、大きなお店。

 店内の客の多くはヨキオット人で、アイザックがマスターと呼んだ人物もヨキオット人だった。


 ここは、王都でたった1軒のヨキオット料理専門店らしい。とりあえずランチを、と店内の空席に座る。


 おすすめのメニューを注文し、席で待つ。すると、ひとつ隣のテーブルの壮年の男性が、こちらをちらりと見遣った。


「あれ、アイリスくん?」

「協会長さん!」

「そうか、学院も休暇に入ったのか」


 思わぬ再会に驚いていると、アイザックが不思議そうな顔でこちらを見ていた。


「魔導協会の協会長さん。以前……お世話になったの」

は口外してないだろうね?」

「し、してないわ!」


 ダヴフリン王国魔導協会の、協会長。

 高等部入学前に、〖飛翔フライ〗の特許の件でお世話になったのだ。


 というのも、特許のこと。口外しないよう進言してくれたのが、協会長だったのだ。

 その秘密を明かしてしまった相手アイザックが目の前にいるので、なんだか気まずい気持ちになる。


「学院でのことは、耳にしてはいる。……不自由だろうに、よく頑張っていると」

「あ……いえ、自分が決めたこと、なので」


 協会長が言っているのは、実践魔導術の授業に出られていない件だろう。

 

「監視体制を整えて、平等に授業を受けられるよう進言してはいるんだがな。

 なかなか学院の中枢が動かないと、サブリナが嘆いていたよ」

「サブリナ様は……副会長さん、でしたっけ。学院長の奥さんの……」

「あぁ。一度、王室ときっちり話し合わねばならんな」


 魔導学院の学院長と、魔導協会副会長はご夫婦らしい。

 協会と学院は密接な関係にありながらも、協会側の声はなかなか届かないようだ。王立であるがゆえの、運営管理の難しさがあるのだろう。





 食事を終えると、「チョット待ってて」とアイザックが席を立った。

 マスターと少しやり取りしたかと思うと、アイザックが手招きで私を呼び寄せた。


「2階、あがってみよう」

「うん。2階?」


 促されるがまま、2階に続く階段を上がる。

 2階には、20人程度のパーティーが行えそうな、広い空間があった。


「え、すごい!」

「パーティーができる、部屋だって。昼は使わないから、スキに使えって」


 バルコニーの外階段からは、屋上に上がることができた。

 2階建て以上の建物は多くないので、王都の街並みを一望できる。


「こういうとこの方が、落ち着いて話せると思って」

「すごいね。こんな素敵な場所を使わせてもらえるなんて」

「世話になってるミセなんだ。デートする時は、いつでも使えって言ってくれてて」

「デッ……」


 アイザックの口から《デート》という単語がでてきて、思わず舌を噛んでしまった。


(で、デート……って、《異性と出かける》っていう程度の意味合いよね……!! 

 久々に聞く単語すぎて、動揺しちゃった……)


 元々いた世界の感覚からすれば、アイザックは10歳以上年下の相手だ。

 正直言って全くなにひとつ意識せず、弟と遊びに来るような感覚で、ここに来てしまった。




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